第2話「地味巨乳JDとしての初登校」

アパートの階段を下りて外に出ると、春の風が頬を撫でた。

まだ肌寒いはずなのに、胸の奥は妙に熱い。


(なんやろ……視界の高さも、歩いたときの軽さも前とぜんぜん違う)


以前は太鼓腹を抱えて、会社の階段を上るだけで息切れしていた。

今は前より体が軽い。軽い……はずなんやけど、胸が揺れて逆に重い。


「……重っ……胸が大きいって、意外と大変やねんな」


黒Tシャツにジーパン。

地味さ全開の格好で、眼鏡の奥の表情も暗い。

それでも胸の存在感だけは隠せず、歩くたびに布地が突っ張って落ち着かない。


(くっそ……足も太いから歩幅が狭いし、ぽちゃ体型丸出しやな……)


駅まで歩いていくと、周囲に学生らしき人影が増えてきた。

軽やかなスカートに明るい色のカーディガンを羽織った女子たちが、髪をふわりと巻いて、鮮やかなリップを輝かせながら談笑している。

その隣では、爽やかなシャツにスニーカー姿の男子が、肩を並べて笑い合っていた。


(まぶしいなぁ……。同じ二十歳そこそこのはずやのに、ワイだけ空気ちゃう)


電車に揺られて数駅。

車内でも学生のグループがSNSの話題で盛り上がっていた。

スマホの画面にちらっと映ったのは、インスタに投稿された映えるランチ写真。


(昼飯カップ麺で満足しとったワイとは別世界やな……)


最寄り駅に降り立ち、改札を抜けると通学路らしき坂道が続いていた。

道沿いのカフェにはすでに学生でいっぱい。

「ラテ二つねー!」と弾む声が聞こえる。


(これが普通のJDの朝なんやろな……ワイの地味服、完全に浮いとるやん)


胸を押さえながら坂道を上る。

下っ腹も揺れて、息はすぐに上がった。

額に汗がにじみ、眼鏡がずり落ちる。


(あかん……もうゼーハー言うとる。運動不足丸出しや。こら鍛え直さなあかんで)


途中、ガラス張りの建物に映る自分を見てしまった。

黒Tシャツにジーパン。胸は立派でも、全体は冴えない。


(……背景モブやな。しかも胸だけ目立つモブ。なんちゅう体や)


苦笑いしながらさらに足を進める。


やがて坂の上、正門の前に小さな人だかりができていた。

視線を向けると、その中心に一人の女子学生がいた。


陽射しを受けてきらめく明るい栗色の髪。

白いブラウスに淡いピンクのスカートをふわりと揺らし、姿勢よく笑う。

足元はヒールのあるパンプス。

全身から「主役」のオーラを放っていた。


「薫子ちゃーん! 今日も可愛い!」

「薫子、髪巻いた? めっちゃ似合ってる!」


通りすがる学生たちが次々に声をかける。

彼女――薫子は、気取ることなく柔らかく笑い、手を振って応えていた。


(……すげぇ……。ほんまもんのヒロインやん。ああいうのが“選ばれる子”ってやつか)


黒Tシャツにジーパンの自分を見下ろす。

胸はFカップでも、下っ腹と太い足に隠されて、ただのぽちゃ地味女子。


(ワイなんか、完全に比較対象外や。せいぜい背景キャラやろ)


心の奥がちくりと痛む。

でも足は正門へと進んでいた。


石造りの門柱に、金色のプレートが輝いている。


《青川学院大学》


思わず立ち止まり、見上げる。

その奥に広がるキャンパスは、光と影に包まれていた。


「……ここが、ワイの新しいキャンパスか」


胸の奥がずしんと重くなる。緊張と期待が混ざり合い、足はすくむ。

汗を拭い、深呼吸。


二度目の大学生活の幕が、いま上がろうとしていた。

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