第2話:消えた記録
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蓮司のスマホに、見知らぬアカウントから突然DMが届いた。
『弟が東雲記念病院で原因不明の合併症で亡くなった。記録の開示も拒まれている』
さらに、地元では「地下の第7病棟に運ばれた患者は二度と戻らない」という噂があるという。
「……第7病棟って、有名な都市伝説だろ?」
蓮司は眉をひそめながら呟いた。
「存在しない病棟に患者が運ばれて、そのまま消える……オカルト雑誌の常連ネタだったはずだ」
朝比奈は肩をすくめて笑った。
「都市伝説って言っても、どうせ“口裂け女”とか“人面犬”と同じノリでしょ? あんた、そういうの信じちゃうタイプ?」
光は即座に分析を行い、
《公式案内には存在しませんが、搬送ルートや記録抹消の特徴から存在の可能性は高いです》と告げた。
——本来なら関わらずに笑い飛ばすべき話だ。けれど、胸の奥がざわつく。
蓮司はDMの送り主との面会を決意した。
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午後三時、駅前の古い喫茶店。
テーブルに置かれたコーヒーから、ほのかな苦い香りが立ちのぼる。
蓮司の前には、DMを送ってきた女性——佐伯麻由が座っていた。
黒いワンピースに薄化粧。手元のカップを握る指が、かすかに震えている。
「……弟さんの件、詳しく聞かせてください」
麻由は唇を噛み、視線を落とした。
「三ヶ月前、ただの盲腸で入院したんです。手術も成功して、退院の予定だったのに……」
そこで言葉を切り、息を整える。
「ある夜、病室から“移送”されたんです。看護師は『検査です』としか言わなかった」
光が蓮司のイヤホン越しに囁く。
《移送先が第7病棟である可能性が高いです》
「……その後は?」
「翌朝には、もう……亡くなってました。病院は『急性合併症』とだけ」
麻由の声がわずかに震える。
「遺体を引き取る時、弟の腕に点滴痕とは別の針跡があったんです。
でも、カルテには何も記録されていない」
朝比奈が眉をひそめる。
「記録が消されてる……」
《または最初から書かれていない。どちらも意図的な操作です》
麻由はバッグから封筒を取り出し、蓮司に差し出した。
中には弟の入院時の診療明細と、看護記録のコピー。
「この日付から亡くなるまでの二日間だけ、何も残ってないんです」
蓮司は封筒を見つめ、拳を固く握った。
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店を出ると、夕暮れの光が街を赤く染めていた。
歩き出そうとしたとき、朝比奈が横目で蓮司を見る。
「……さっき、麻由さんの心、透けて見えた?」
蓮司は小さく首を振った。
「躁じゃないし、プチ覚醒もしてない。……今はわからない」
胸の奥がざわつき、蓮司は思わず吐き出す。
「……俺はまた首を突っ込むのか」
朝比奈は少しだけ口角を上げ、だが声は冷静だった。
「突っ込むしかないでしょ。人が消されてるかもしれないのに、見なかったフリなんてできない」
蓮司はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑みを浮かべた。
「……そうだな。結局、俺たちが動かなきゃ何も変わらない」
その声には迷いよりも、むしろ静かな覚悟がにじんでいた。
麻由は立ち去る前に振り返り、少し躊躇してから、こう付け加えた。
「……関係あるかわかりませんが、病院で“白衣の幽霊”の噂があります。
目の焦点がなくて……カクッと首を傾けながら、廊下をゆっくり歩くって」
■次回予告 ― 第3話「窓の向こうの影」
東雲記念病院のざわめきの中、蓮司の前に現れた“白衣の幽霊”。虚ろな眼差し、規則を欠いた足音、消えた先に残るのは重苦しい気配。それは噂か、幻か——それとも第7病棟の影なのか。
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