第8話 泥んこ聖女は寝不足ですッッ!
夢が叶う瞬間ってのは案外、唐突だったりするものなんだね。
いつからそうしていたのだろう。
ふわふわとした感覚に導かれ目を開けると、わたしはいつの間にか薄汚れた物置小屋の真ん中で歓喜の声を上げていた。
どうして、作業場にいるのかわからない。
ただ今、目の前にある『現実』はたしかにわたしが長年追い求めてきたもので――
「できたああああああああああああ!」
そうして手の中でツヤツヤと光沢を放つ粘土を掲げ、わたしは喜びの声を上げていた。
しっとり吸い付くような手触りにわずかに香る土のにおい。
これこそわたしが探し求めていた至高の粘土だ。
だけど勘違いしないでほしい。
わたしが本当にやりたかったことは、この粘土を使って心ゆくまで作品を作ることで、粘土を作り出すことではない。
つまり――
「さぁて、何作ろっかな」
いつの間に作った覚えのないろくろが作業場にあるが、今はどうでもいい。
今考えるべきは、この粘土を使って何を作るかで、些細なことは気にしたら負けだ。
そうして何を作ろうか考えれば、手の中の粘土がひとりでに形を変え始めた。
うん? これは羽?
すると突然、翼を広げた粘土が浮き上がり、わたしの手から逃げるように遠のいていった。
「駄目! せっかく会えたのにこんなところでお別れなんて!」
せめてわたしの手で成形させて! と手を伸ばすも、スルリとわたしの指から逃げるように華麗に飛び立っていく粘土。
そして私の願いに反して、粘土は吸い込まれるように天に昇っていき、
「――待って!」
反射的に手を伸ばして立ち上がれば、見慣れた聖堂の白い天井が見えた。
呆然と辺りを見渡せば、授業を聞いていた聖女見習いたちが一様に驚いた表情でわたしを見ていた。
(……え? 今のは、幻? いやいやいや、わたしの粘土は⁉)
もしかして夢? と首をかしげると、まわりからクスクスという笑いが上がり、容赦なく私に冷たい現実を突きつけてきた。
はぁ、そうだよね。
目が覚めたら、いつの間にか粘土ができていたなんて都合のいい話があったら、わたしはここで聖女見習いなんてやってないよね。
そうしてあからさまにガックリと肩を落とせば、
「ハ~イ~ネ~さ~ん?」
低い声が聞こえ、背筋がぞわっと震える。
恐る恐る顔を上げれば、そこにはジト目でこちらを睨みつける先生が立っていて、
「大事な授業で居眠りとは何事ですか!」
今日も今日とて、先生の口から盛大な雷を落とされるのであった。
やっぱり夢は夢というか。
寝ていたら、粘土ができていたなんて都合のいい話はないよね。
陶芸家を志す者としては、自分が使う粘土くらい自分で作りたいところ。
そんなわけで――注文通りナタリィから山のようにクズ魔石が届いてからしばらく。
短期休暇を終えて、泣く泣く学園に連れ戻されたわたしは、狂ったように粘土研究に没頭するようになっていた。
昼には従順な聖女見習いとして、真摯に神に祈り。
夜には熱心な陶芸家として、秘密裏に魔石で粘土を作れないか研究する日々。
バレたら確実にお説教じゃすまない綱渡りなスリル満点な二重生活は、張り合いのない退屈な学園生活にたしかな潤いを与えてくれた。
当然、そんな不健全な生活を続けていればいつか限界が来るはずなのだが――
「うへへ、たぶん異世界に来てから一番充実してるかも」
先生のお説教も空しく。
気合と執念で眠気に抗うわたしは今日も調合鍋に手を突っ込み、魔石を練っていた。
研究を始めてから数えて、夜更かし5連続目。
目元に浮かんだクマがひどいが、瞳の奥はランランと輝いていた。
それもこれもナタリィから送られたクズ魔石を研究した結果。
模造品ではあるが粘土が作れるかもしれないことが判明したのだからで、
「うーん。この配合でも駄目か」
砂利サイズの色とりどりの魔石が塊となった調合鍋を見つめ、大きなため息を吐いた。
まるでカラフルな着色料を混ぜ込んだ豆大福のような見た目。感触はどこかモチというより、大量に混ぜ込んだ砂糖が解けきっていないジャリジャリしたプリンのような手触りで、とても粘土と呼べる代物じゃなかった。
今日は豪快に魔力を多めに使って、魔石に練りこんでみたけど、
「うーん。これじゃあ粘土っていうよりかは出来損ないの豆腐みたい」
まとまりはするけど、部位ごとに固さやまとまりが違っていて、正直使いにくい。
魔力量。
捏ねる回数。
色々試してるけど、どうも納得のいく粘り気が出ない。
「やっぱりただ魔力を練りこむだけじゃダメなのかな?」
少しずつ魔力を練りこんでも解ける気配はないし、逆に限界まで魔力を限界まで込めると固まってしまう。
わかってはいたけど難しい素材だ。
まだまだ研究の余地があり、粘土とは言いにくい代物ではあるが、それでもまだ謎のゲル状にならないところを見ると
(可能性があるぶん、やりがいがあるね)
粘土探しは根気が大事。
これは前世で亡くなったじいちゃんの言葉だ。
少し前までは粘土を触れなかった頃に比べれば、格段な進歩と言ってもいい。
それに――
「まさか潔癖症な学園の図書館にこんな素敵な本が眠ってたなんて」
机の上に開いたボロボロの羊皮紙の束をさっと撫で、そこに掛かれている内容に目を落とす。
土にもその土地固有の個性があるように、きっと素材にも特徴があるはずだ。
これまで知らなかった分野だしこの際、調べてみようと思い立ち、魔石について詳しく書かれた本はないかなーと図書館を探していたら、偶然、魔法陣について書かれた書物を見つけたのだ。
『魔石と魔法陣による都市エネルギー代替の研究レポート』
どうやら個人の研究結果をまとめたものらしく、専門的なことはよくわからかった。
だけど、ルーン文字と魔法陣の関係? や聖餐器に変わる魔石の加工方法など興味深い内容が目白押しで、気づけば寝るもの忘れて読むのに没頭していた。
問題は――
(やっぱり5歳の身体じゃ、夜更かしはきついことかな)
ただでさえここでの生活は、5歳児には厳しいのだ。
そこに夜更かしを加えようものなら、退屈な授業中に眠くなるのは当たり前だ。
この調子で研究生活を送っていたら確実に日常生活に支障をきたすことになるだろう。
「ただでさえ先生たちの監視の目も厳しくなってるのに、さすがにこれ以上問題を起こすのはまずいよね」
まぁ今日はさすがに早めに切り上げる予定だし?
あとちょっと実験したら、部屋に戻って寝るつもりだ。
だから少しだけ。
少しだけ頭を休ませて実験に集中しよう、と目を閉じ――
「あれ? もう朝⁉」
始業の鐘の音に叩き起こされ、わたしは今日も慌てて身支度を整えるのであった。
そして――
「ううっ、頭痛い」
睡眠をとらなければいけないとわかっていても、つい研究欲に負けて真夜中に粘土研究しまうのが求道者というものなのか。
検証しては失敗し、推論を練る。
そんな悪循環をどのくらい繰り返し、今日もなんとかお説教を回避したわたしは、二日酔いにも似たけだるさを感じながら銀製のお皿を磨いていた。
寝不足で頭がぐらぐらするのに、笑いが止まらない。
原因はもちろん、夜遅くまで粘土研究をしていたせいだ。
だけど、今回ばかりはわたしの自業自得とは言い難い状態だった。
というのも――
「まさか粘土に触りた過ぎて、寝ぼけながら研究するなんて」
目を覚ましたらいつの間にか机に突っ伏していたという経験のあるわたしも、ベットに寝ていたはずなのに二部屋以上も離れている作業場で目を覚ますなんて経験は初めてだった。
たしかにベットに入る前に、魔石の粘土化についていくつか推論を立てていた覚えはあるよ?
だけどさぁ――
(寝ぼけて部屋を脱走してまで魔石の粘土調合に挑戦するとか、どんだけ人外離れしてるのよ、わたし!)
粘土のことになると度々、常識のタガが外れることはわかってたけど、まさかここまでとは思わなかったよ。
しかも――
「寝ぼけて作ったはずなのにあんなに柔らかい素材ができるなんて」
戦慄くように小さく呟けば、いまも手のひらに残るモチモチと吸い付くような触感を思い出し、背筋を震わせる。
あれだけ推論に推論を重ね、試行錯誤を繰り返したにもかかわらず粘土の『粘』の字もできなかった実験が目を覚ますと、今まで実験の産物とは一線を画すほぼ完成形の『魔粘土』が出来上がってるんだよ?
(いや、ふつうに怖くない?)
しかも何が悲しいって、その時のことを何も覚えていない点だ!
(本当、なんで覚えていないのよ! わたし!)
おそらく夢うつつのわたしも、適当に思いついて作った粘土がここまでの完成度になるとは思ってもみなかったのだろう。
案の定、メモ書きといった記録は一切残されていなかった。
(くぅ、あの粘土の作り方がわかってれば、今度こそ完全な魔粘土が作れるようになったかもしれないのに!)
生成条件は? 温度? それとも魔力量?
もし戻れるのならもう一度、あの晩に戻りたい!
「ああ、なんでこういう時に限って肝心なこと思い出せないのよ」
ブツブツと仮説を呟きながら、すでにピカピカになっている銀食器を磨き続ける。
するとわたしの様子を見かねたのか。
恐る恐るといった調子で、後ろからわたしを呼ぶ声が聞こえ、
「あの、ハイネ様。大丈夫ですの?」
「ああん?」
ハッとなって後ろを振り向けば、聖女見習いたちから悲鳴が上がる。
いけないいけない。ついイライラして刺々しい声になってしまった。
そうして改めて声の調子を整えて、巫女見習たちを見れば、その表情はどこか不安げで、本心からわたしのことを心配しているのが分かった。
そして、そのなかに見覚えのある少女の顔があり、
「ええっとたしか――リリィさんだったかな、ごめんなさい急に睨んだりして」
そういって背中までウェブがかった金色の髪を揺らす少女の名前を呼べば、少女の顔に安堵の色が戻り始めた。
「覚えていてくれてくれたのですね」
「そりゃ初めての班活動だもん。覚えてるよ」
初めての学園に来た頃。
聖堂の清掃として班を組まされた時に一緒にいたメンバーの一人だ。
どうやら彼女は周りと比べ低い身分だったようで。
周りの陰湿なイジメを見かねて助けた経緯がある。
それ以来、なにかとわたしと話す機会を伺うっているのか、わたしの背中をジッと見つめるように控えていたのは知っていたが、
「それでわたしになにか用でもあるの?」
「あ、いえ、そのですね。体調が悪そうだったので大丈夫かなと、昨日もずいぶんと眠そうでしたし」
と、しどろもどろながらわたしの身体を気遣うようなしぐさを見せるリリィ。
意外だ。
ここにいる聖女見習いたちは目的は同じでも、貴族の子。
相手が弱り切っていれば、すかさずマウントを取りたがるような子ばかりだとおもってたけど、
「あー実は、図書館から借りパク、じゃなかった。借りた本が面白くて夜更かししちゃって」
「図書館、ですか? そんなものここになかったような気がするのですが」
そういって適当にごまかせば、不思議そうに首をかしげられた。
たしか、封印なんちゃらって書かれた部屋だけど、もしかして使ったことがないのかな?
(たまたま迷ったときに、偶然見つけた部屋だし知らないのも無理はないか)
実は魔法陣に関するレポートもその図書館から拝借した者だったりする。
司書らしき人もいなかったし、これも粘土研究のため、あとで返せば問題ないだろう。
「まぁそういうことで、ちょっと珍しい書物だったから興奮して眠れなくて、心配かけてごめんね」
「そんな⁉ こちらこそごめんなさい。わたくしはてっきり、ハイネ様が明日の訓練で緊張しているのかと思って余計なお世話を」
緊張?
そういえば何かあればいつもわたしに突っかかってくる子や、周りの取り巻きの子たちもなにやらワクワクしているように見えるけど、
「ねぇリリィ。今日って何かあったっけ?」
「なにかとは?」
「いや、誰かの誕生日とか。なんかみんな浮かれてるような気がするんだけど」
そういって辺りを見渡せば、不思議そうに首をかしげられ、
「何かあったもなにも、明日は聖女様から聖餐器の作り方を教わる日で、ハイネ様はその助手を務めるのではありませんか?」
はいぃいいい⁉
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