第7話 泥んこ聖女、下着の着替えは十分か?


 そうして内心、感心しているとタイミングを見計らったように話題を切り替えるように、唐突にテーブルから身を乗り出してきた。


「ねぇハイネちゃん! そんなことより学園のこと聞かせてよ」


 わたしはまだ全然言い足りないんだけど――


「学園のこと?」

「うん、無事に入学できたんでしょ? 大聖女様には会えた?」


 ああなるほどさっきからソワソワしていた原因はそれか。


「メイドの子たちもことあるごとに聞きたがるけど、学園のお話ってそんなに聞きたいことなの?」

「当然だよ、わたしだって商人の子だよ? お貴族様の流行を調査するのは商人として当たり前でしょ?」


 と建前を言うが、わかりやすい。

 きっと憧れの聖女様がどんな生活をしてるのか知りたいんだ。

 ここはお友達として協力したいところだけど、


「でもそんなに面白い話はないよ? なんだって気になるの?」

「聖女様はわたし達、平民の憧れだよ! それに聖女様になる人がどんなものが必要なのかわかれば新しい商品が作れるかもしれないし」


 ああなるほど、もしかしたら父親からなにか課題を与えられているのかな?

 あの人なら娘の成長のためにやるかもしれない。


「学園での聖女見習いってどんなことしてるの?」

「うーん。ナタリィの聖女像を壊して悪いけど、そこまで特別なことはしてないかな?」


 学園というより修道院に近い学園生活を思い出す。


 聖エルジア女学園。

 それがいまわたしが通わされている学校だ。


 洗礼の儀を間近に備えた貴族の子供たちが集めた、いわゆる聖女にするための養成学校で、わたしはこの春そこに通うことになった。


 理由は単純で、大聖女様直々に推薦状が届いたからだ。


 この世界の子供たちは六歳を迎え、洗礼の儀を受けてから一人前扱いされる。

 正確には神々の神託――『ギフト』によってその子供の向き不向きが分かり、ギフトに関連したスキルや能力を授かりやすくなるのだ。

 けど――


「やっぱり修業は結構厳しいね」

「やっぱりそうなんだ」


 当初、楽勝と思われた学園生活。

 貴族の子供たちも日本幼児のようにノビノビと健やかに養育されるんだなーと思っていたカリキュラムは、その実「これ日本でやったら確実に教育委員会にクレーム行っちゃうよ?」レベルの過密スケジュールだった。


 朝、日が昇る前に目が覚めたら聖堂に集まり、広い講堂を清掃したのち、神々に感謝をささげる祈りと魔力を奉納する。

 昼は、聖女見習いのための授業と訓練があり、ようやく終業の鐘が鳴ったかと思えば、今度はこの地に多くの実りと慈悲を与えてくれた神々に祈りを捧げ――ようやく眠りにつけるのだ。


 朝から晩まで神様のことばかり考える日々。

 とてもじゃないけど、まともな五歳の精神では乗り越えられないタスク量ではない。

 裏を返せばそこまでしなければ狙ったギフトはもらえないということなんだろうけど、


(まさか研究時間も取れないほどなんては思わないじゃん)


 わたしの場合? 古くから保存されている食器が見れると聞かされ、飛びついたんだけど、今はちょっと後悔してたりする。


「あーあ、お父様から見たことのない外国の食器が見られると思ったのに騙された」

「そんなこと言うもんじゃないよ。入学できただけですごいことなんだよ」

「そうなんだけどさぁ」


 わたしは陶芸家になりたいのであって、聖女になりたいわけじゃない。 

 秘密を知ったらさっさとさっさとやめるつもりだったのに。


「――まさか聖餐器に使われてる原料が粘土じゃないなんて」


 完全に想定外だよ。

 ただの銀食器でないことはわかっていたけど、まさか使い切ったら消えるなんて誰が思う?

 わたしの屋敷ではいつも新しい聖餐器が用意されていて、使いまわししたことなかったから「これが普通なのかな?」と思ってたけど、


「祝福を使い切ったら消えるなんて」


 いくら調べても『聖銀』なんて不思議な鉱物が自然界に存在しないわけだよ。

 詳しく聞こうとしても教会の秘奥として見習いには教えてくれないし。


「だとするとやっぱり原料を作るためになにか秘密があるんだ」


 わたしの知る限り、陶器っぽい食器は聖餐器しかない。

 神様がいるような世界だ。

 何か作るために特別の作り方があってもおかしくない。


(となるとやっぱり聖餐器を調べるのが、わたしの陶芸家になるための近道かもしれない)


 なにがなんでも秘密を探ってやる。

 とメラメラ対抗心を燃やしていると、正面からわたしを呼ぶ声が聞こえて、慌てて顔を上げると、やけに緊張したナタリィと目が合った。


「それでその、ハイネちゃん。例のものは」

「こちらに――」


 声を潜めるナタリィの前に、誰にも見られないよう辺りを見渡して、鞄からやけに重たい袋を引っ張り出す。

 そう、今日は脱走してきたのはただ愚痴を聞いてもらうためだけでない。

 取引があってきたのだ。


 恐る恐るといった様子で袋の中身を確認するナタリィ。

 そして一瞬大きく目を見開き、嬉しそうに粘土製作実験の失敗作――ゲル粘土を袋ごと抱きしめると、


「ありがとうハイネちゃん。助かったよ!」

「実験の失敗作だけど、本当にそんなものが欲しかったの?」

「うん。これ、魔道具のエネルギーの代わりになるってお父さんが喜んでた」

「魔導具ね」


 そういって町のいたるところに設置された魔道具たちを一瞥する。

 魔力のない人でも扱えるように、貴族が作ったいわゆる生活用品だ。

 平民にも使いやすいよう魔力の篭った魔水晶を買えば、誰にでも扱える仕組みになっていて、聖霊都市ウルシュメルの豊かさの一つとされている。


「失敗作だけど役に立てたならよかった」

「うん。またお願いするかも」


 わたしとしては成功してほしいんだけどね。


「でも前からすっと思ってたけどハイネちゃんの探してるそのネンド? ってそんなにすごいものなの?」

「すごいもなにも聖餐器にも負けない可能性の塊だよ!」


 不思議そうに首をかしげるナタリィにわたしはありったけの想いで粘土のすばらしさを語っていた。


 それこそ焼き物の歴史は深い。

 わたしの知っている歴史では、お城と同じ価値を持つ時代もあったくらいだ。 


 鑑賞、実用にも耐えて、なにより元手はタダ。

 少なくとも完成すればきっと聖餐器に負けないポテンシャルはあると思う。

 きっとナタリィならこの価値をわかってもらえるはず。 


「でも見つからないんでしょ? お父さんに聞いたけどそんなもの聞いたことないっていうし、聞いたこともないものをどうやって探すの」

「だから、それを作るために研究してるんでしょ」

「でも全く成功してないんでしょ?」

「そうなんだよねぇ」


 わたしの感覚的にあとちょっとだと思うんだけど、


「ああ、せめてあの時の石が手元にあれば」

「さすがに土の持ち込みはなぁ。魔石なら手に入るんだけど」


 魔石かぁ。

 そういえばずっと粘土探しに夢中でそっちは試したことなかったなぁ。


 たしか白磁陶器ってカリオンを含んだ鉱石からできてるんだよね?

 魔石も魔物由来の素材とはいえ、魔力が含んだ鉱物であることには変わりないんだし、ワンチャン粘土の材料になったりしないかな。


 まぁ結界から外に出られないよう弾かれるわたしには無理な話だけど。


「ナタリィ」

「はいはい。今度お父さんに言って取り寄せてもらうよ。等級は低いのでいい?」

「ありがとー! やっぱり持つべきものは友達だよ!」

「もう、ちょっとやめてよ、調子のいいんだから」


 そうしてムニムニとナタリィの柔らかいほっぺを堪能していると、


「ところで今回のこれで前々回の借金は一応完済だけど、この前用意した実験道具のお金、まだ返してもらってないけど、あれはどうなっているのかな?」


 ナタリィの一言にビシッと全身が固まった。


「あーそれは、ですね。この前、屋敷に来た物売りが珍しい魔道具を持ってきたからそれに使っちゃいましてー もうちょっと待ってくれるとありがたいなーって」

「ハイネちゃん?」

「いや違うんだよ! たしかにナタリィのお店を通さず買ったのは謝るけど、もう少しで納得がいく商品ができそうで、それで――」


 わたしの言い訳に、ナタリィの瞳から光がどんどんと失われていく。


「ねぇハイネちゃん。私たちって出会ってどのくらいの関係だっけ?」

「えええっと二年だっけ?」

「三年だよ」


 そう言うと、ナタリィはあからさまにトーンを落としてズズっとわたしのほうに身体を寄せてきた。


「ねぇナタリィちゃん。約束覚えてるよね」

「約束?」

「うん。わたしをこの世界で一番の大商人にしてくれるって契約」


 ああ、忘れるはずがない。

 わたしとナタリィの秘密の関係性はそこから始まったんだ。


「ハイネちゃん、これは投資だよ。貴女がわたしを商人として成長させてくれるように、わたしもあなたの才能に期待してるの。でもね。その援助も無限じゃないの」


「だ、か、ら、ね」と言葉を区切って天使のような笑みを浮かべると、


「次はちゃんと役に立つものを作ってくると嬉しいな」

「…………はぃ」


 次はないよ♪ とばかりにいい笑顔で釘を刺され。

 その五歳とは思えない迫力に、わたしはたまらず掠れた声を漏らすのであった。

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