第18話 ハルスタットの町での問題

「そう思っちゃうほど、民家が少ないわね」


 町は、おおよそ家が100軒あることが多い。

 村に人がある程度集まって、店や鍛冶屋、そして宿屋ができて、さらに代官が置かれれば町という形で名称の申請ができる。

 ある意味、代官さえいなければ、1000人いても2000人の人口になっても村と言い張ることはできるのだ。


 町になると税率が変わる。

 なんというか、農産物への税金よりも、商売上の税金が高くなる代わりに、道の整備について優遇されるような感じだ。


 ハルスタットの町は、以前は1000人規模だったらしい。

 それで旧街道にあり、人の往来もそれなりにあったことで代官を置いたそうだ。

 おそらくは通行税などの管理をする関係だろう。


 でも今は、家の軒数からすると五十軒と少しあるぐらいだろうか。

 代官を置くような規模には見えない。


「たぶん、町の人は農産物の税が少し軽くなるから……。人が減っていっても町のままでいたいと思ったんでしょうね」


 丘の上から見る限り、外壁に囲まれた町の規模より、町の外に広がる畑の方が広そうだ。


 農業をするなら、そっちの税率が低い方が助かるはず。


 ギベルもそこを気遣って、町のままにしていたのだろう。

 また、グレン伯爵領としては飛び地だったので、町という形で維持した方が良い理由があったのだと思う。


「このまま、町のままでいいのかな」


 それとも実態を近づけるのか……。


「帳簿的にも、グレン伯爵家からの資金があってこその町運営なのよね。


 領主としては、そのあたりを考えて行かなくてはならないかもしれない。


「私としては、錬金術の品をふんだんに使った町にしたいのだけど」


 生活を楽にする物を多用し、農業の助けになるものを発明し、錬金術の品を売るお店がある町を。

 できれば他にも錬金術師が集まるといい。

 というか、錬金術師を増やした方が早いかもしれない。


「うーん、そのためには基礎知識……。錬金術とお金の計算や本を読めるだけの知識をつける学校とかが必要?」


 たいてい、神殿が寄付と引き換えで子供達に文字を教えたりしているのだけど。

 ハルスタットの町には、どうやら神殿がないらしい。

 町の規模になった頃に建ってもおかしくはないのに、不思議だ。


 とすると、自然と町の人の職業比率が農業になっていく。

 以前のままの農法を続けるのなら、農業でやっていくことができるからだ。

 ただし干ばつや病気への対策はわからないままになるので、気候や状況に左右されやすくて収穫は少ない。


「色々知りたいと思う人がいたら、教えられる環境を整える必要か……難しいわね」


 丘を下りたので、そのことについて考えるのは一端置いておく。


 町の中を歩いていると、普通のドレスではなく、質素な服を着ているものの、護衛を連れて歩いているのは珍しすぎて、すぐに領主だとバレた。


 町は人々が畑に出ているのかほとんど人がいなかったのだが、通りを進み始めてすぐ、一人の中年男性が走ってきたのだ。

 頭に頭巾をしていた男性は、私達の前をふさがないように脇によけてから声をかけてきたので、貴族への対応に慣れているんだろう。


「あの、新しい領主様とお見受けします。ご挨拶させていただいてよろしいでしょうか?」


 その声に私は馬を止めて、その中年男性の方を向く。


「ええ。私が新しい、このハルスタットの領主です。あなたは?」


「町長の息子ルーエンでございます。父は今足を痛めておりまして、代理の私がご挨拶に参りました。父のご無礼をお許しくださいませ」


 話し方といい、地面に片膝をつけての姿勢といい、ルーエン自身が貴族との関わりが多い職種なのかもしれないが。

 頭巾。頭巾をしている職って何かあったかな?


「気にしなくていいですよ。領地のことは引き続き代官のギベルに任せる予定ですので、心配ごとや相談事などあればギベルの方へ頼みますよ」


 そう言った後で、ふと気になって聞いてみる。


「お父上が怪我とは、大変でしたね。一体どうしてです?」


「その、実は用水路近くのがけ崩れの様子を見に行きまして」


「先だっての長雨のせいかしら?」


「さようでございます。右腕を痛めて腫れてしまったもので、歩くに歩けずではありますが、命は拾いましたので」


「用水路の側の崖……」


 水路がふさがると、農作物に影響があるので、心配で見に行ったのだろう。

 

「他に長雨の影響がある場所など、ありましたか?」


「あとは崖などに面している場所はそうありませんので、おおよそ畑の関係は無事かと思います」


「そう、良かったわ。では私、少し町を見ていきますから」


「は、お声をかけていただきありがとうございました」


 ルーエンは一礼した。

 その前を私達は過ぎ去っていく。

 早く退散しないと、ルーエンが立ち上がって家に帰れないだろうから。


「用水路は無事だったみたいだけど、この町って薬師はいるのよね? 町長はみてもらったのだとは思うけど……」


 と言ったところで、ゆっくり馬を歩かせる私の横で、騎乗してついてきていた兵士の一人が言う。


「あのぉ、領主様。実は薬師の老婆は数か月前に亡くなりまして」


「……え?」


「今は町に、薬師はおりませんです」


「では、急いで呼ばないと」


 ギベルに連絡して、薬師の手配を依頼しよう。

 急げば二週間ぐらいで、自分の家と店を持ちたい薬師をみつけられるのではないだろうか。


 そんなのんびりとしたことを考えていた私だったが……。


 翌朝、のんびりしていられなくなる。

 またしても変な夢を見てしまった。


 ――急務だわ。


 医者に準じた人間が誰もいない状態で、万が一のことがあっては困る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る