第6話 魔術師石

「そうだ。これ、手に入れられたから渡しておくよ」


 リュシアンが懐から取り出したのは、赤と黒の色が混じり合った、楕円形に粗削りをした形の石。

 その色と、彼の手と同じくらいの大きさから、私はまさかと思いつつ聞いた。


「それは……魔術師石?」


 リュシアンはうなずく。


「そう、亡くなった魔術師の心臓。それが魔石化したものだよ」


「本当に、手に入ったのね……」


 魔術師が亡くなると、その心臓は石化する。

 それだけでも珍しいことだけど、魔石になるのだ。


 おかげで過去、魔術師の心臓は魔石として取り引きされた。


 昔の魔術師達は、世界に戦争があふれていたこともあって、奴隷のように戦わされていた。

 命を使い捨てさせるように、戦場に引き出され。

 死んでも心臓を売り買いされて。

 魔術師達の悲哀の歴史そのものが目の前にあるようで、おいそれと受け取るわけにはいかない気持ちになってしまう。


「今は売り買いされてないのよね?」


 どうやって入手したのか聞きたい。


「うん。魔術師達はみんな、なるべく師や兄弟弟子達の心臓を守って隠している人が多いから、売ってはいない。だけど継ぐ相手がいない魔術師から、事情を話して譲ってもらったんだ。中でも、これはかなり昔の名前もわからない魔術師の心臓で。研究をするなら、これでと言われている」


「そうね。近しい人の心臓は研究されたくないわよね」


 納得の理由に私はうなずく。

 顔も名前もわからないほど昔の人の物なら、まだ心が痛みにくい。だから選ばれたのだ。


「これで魔術師の寿命を延ばす研究をしてくれたらいいな。何年かかってもかまわないよ」


 リュシアンは魔術師石を差し出した。

 私は両手でそっと受け取る。


「わかった。いつになるかわからないけど、研究し続ける。手がかりだけでも見つけられるように頑張るから」


「そう言ってくれる君だから、任せるんだ。よろしく頼むよ」


 リュシアンはそう言ってくれるが、不思議だと思うことがある。


「でも。どうして私に頼もうと思ったの?」


 せっかく二人でじっくり話ができる機会なので、私はリュシアンに疑問をぶつけてみた。

 だってリュシアン、初対面の時は話のタネとして「錬金術師を探している」という話をちらっとしただけだった。


 私が「夢のある技術ですよね」と言っただけで、すぐに手紙を送って来たのだ。


『もし錬金術に興味があるのなら、学んでみませんか?』と。


 初対面の相手を、ここまで食い気味に勧誘するものだろうか?

 選んだ条件については、後日外出時に偶然会う、という形で話をした時に聞いた。

 けれどそれなら、私じゃなくてもいいはずだ。


 やっかいな相手と結婚していて、外で会う時にも工夫が必要な私では面倒だっただろう。

 それより、趣味が見つからずにいる未亡人とか、薬に興味がある行き遅れ令嬢とか、普通に訪問して話を詰められる相手なんて沢山いる。


 そんな中、どうして私を選んだのか不思議だった。

 当時は、『じゃ、他の人にします』と言われるのが怖くて尋ねられなかったのだ。

 今はもう、師匠の指導も受けて道具も譲り受けたから、簡単にさよならされることはないだろう。


 リュシアンは少し考えて応えた。


「君は、約束を守ってくれそうに見えたんだ」


「そうなの? でも外から見たらとても約束を守るような人には見えなかったと思うの。実家からは金銭と引き換えに嫁がされて、夫はちょっと外れてるところがあるから結婚生活も幸せそうじゃなかった。そんな人なら、話を持ち掛けても魔術師石を売り飛ばしそうだとか思いそうじゃない?」


 冷静に状況だけ数え上げると、心配で貴重な物を預ける研究をしてもらおうなんて思わないはずだ。


 するとリュシアンはあっさりと答えた。


「一応、疑ったよ? だから外の公園で再会した時、色々聞いただろう?」


「あー……」


 公園で、たまたま出会ったふりをして話したあの時、「錬金術については前から知っていますか?」とか、「あまり見かけない物なので、出来上がっても売れないことが多いみたいで」とか、色々聞かれた。


 たぶん予備知識について聞くことで、リュシアンは錬金術の状況を知っているか判断したんだと思う。

 同時に、勉強がけっこう必要なこととか、地味で、採取のために歩き回るような、およそ貴族がやる趣味ではなさそうなことも伝えてくれた。


 売れないという話は、単純に儲け話にはならないと教えることで、私がそれを目当てに「興味がある」と言ったのではないことを確認したんだろう。

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