第5話 リュシアン

 私の方も、渡りに船といった感じだった。

 魔術が使えないし、剣なんて無理。他に秀でた能力がない私にとって、何かあった時に、私が覚えられる一人でも生きていけそうな技術は喉から手が出るほど欲しい物だったから。


 もっと前からそんな技術があれば、結婚しなくてよかったんだもの。

 そもそも親の元から逃げ出していただろう。


 リュシアンの話を聞いて錬金術師に師事することにした私は、引退間際の師匠から一か月ほど手ほどきを受け、道具や本を引き継いだ。

 師匠は少し離れた子供の元へ移住するということで、一か月後に旅立ってしまったのだ。


 その後は受け継いだ本を読んだり、ささやかな実験を続けている。

 とはいえちゃんと調合をするには、それなりに大きな道具を使うし、煙や音なんかの不安があるので、しっかりした部屋が必要だ。

 自分の領地にそういう部屋を作っているので、そちらへ移ってから本格的にやっていくつもりだった。


「領地の館はもう手を入れているのかい?」


「ええ。あちらの代官に痛んだところの補修とかのついでに、錬金術のための部屋を頼んであるの。餞別の代わりにそれぐらいは負担するってローランドも言ってくれたから、頼んだのよ。もうできているはずなんだけど」


「部屋は、鍵や出入りの制限をしっかりしないといけないね」


「他の人は入れないようにするつもり。危ない物もあるから」


「私は?」


 リュシアンの問いに、私は笑う。


「出資者さんは大丈夫。魔力については私よりも詳しいんだし」


「そうかな? 魔力を扱ってはいるけど、錬金術には向いてないから他の人を探したぐらいだよ。もし私がどうにかできたなら、自分達の命を縮めずに済む方法も自力で見つけられたかもしれないけど」


 リュシアンの表情が少し曇る。


 魔術は、使うほど寿命が短くなるのだそうだ。

 命を魔力に換えているというのが、リュシアンの説明だった。


 世の中の全ての物に魔力が含まれ、それが様々な物を形作っているのだけど、魔術師が外へ放出する魔力をどこからひねり出すかといえば、いくらかは大気とからしいが、他は自分の体内からなのだろう。


 自分を構成している要素がどんどん抜けて行けば、生きていけなくなるのも当然だ。


 特に戦場に出た魔術師の寿命は、他の人の半分以下になる。

 自分の味方を守るために、必要以上に魔術を使うからだ。


 リュシアン自身はほとんど使っていないので大丈夫だと説明を受けていた。

 けど、彼の知人には寿命のことで悩み、嘆き、苦しんでいる魔術師が多いのだとか。

 彼らのために、何か方法はないかと思っていたリュシアンは、錬金術なら何とかできないか? と思ったらしい。


「魔術師達も、長い間どうにかする方法を研究していたみたいなんだけどね。魔力を与えても、補充できそうなことをしてもダメだったんだ。そうして亡くなっていくのを止められない」


 悲しそうな顔をするのは、そんな人を見送ったことがあるからだろうか。


 リュシアンとの交友は日が浅い。

 だからか、深く彼のことを知っているわけではない。

 ただ彼は、錬金術の研究をしたいと言った私の支援をしてくれる。

 領地での研究のため、下手にうろちょろして元夫の疑念を呼び起こさないように、様々な足りない道具を注文したり、本を探してくれているのはリュシアンだ。


 そんなリュシアンに、どうにか報いたいと私は思っているけど。


(魔術師が何人も研究し続けていて……しかも自分の寿命がかかっているから真剣だっただろうに、それでもわからなかったのよね? 私がほいほい見つけられるかしら)


 少し不安は感じている。


「魔術師の問題が解決できたら本当にいいんだけど……」


「期待しているよ、錬金術師殿」


「うん。いつかリュシアンも困るかもしれないし、頑張りたいと思ってる。でもその前に錬金術をせめて師匠ぐらいは極めないと」


 まずはそこだ。

 師匠は本の文字を読むのも苦労する状態だった。

 なのでコツとか、基本的な考え方、必要な道具の扱い方なんかの指南を受けただけ。

 こんな新米錬金術師なのに、目的を達成できるようになるまで、何年かかるのか……。


「本の通りに物を作っていくんじゃだめなのかい?」


「錬成するのはそれでもいいんだけど、土地ごとに同じ材料でも魔力量の違いがあったりするから、そのあたりの感覚は調合を続けて掴まないとって師匠も言ってたわ」


「それなら、研究する時間の方が長そうだね」


「うん。でもそこがいいかなって思ってる。なんか、自分だけの技術って感じがするから」


 そういった私に、リュシアンは微笑んだ。

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