第14話 初キス

 入江さんもリールの扱い方をマスターし、キスの投げ釣りで一番心配していたことはクリアした。


そして彼女のタックルに仕掛けを繋いでいく。


 天秤は投げた時に仕掛けと道糸が絡まない様に、一定距離を取るための道具だ。


 完全な好みの問題なので、入江さんには魚のアタリがダイレクトに伝わりやすいL字天秤を使って貰おうと思う。


 今回は市販の投げ釣り仕掛けをスナップごと天秤に繋ぐだけなのですぐに完成だ。糸のもつれトラブル予防と、餌の消費量も考えて二本針にしてある。


 鉤サイズは流線型七号、おちょぼ口のキスでも吸い込みやすい大きさだ。


 餌は国産の赤ゴカイを使用。青ゴカイより細く短く、小口の魚を釣るのに適している。少しコストも高いがその分食いつきも良い。


入江さんの仕掛けに餌を付け手渡す。


「さぁ!入江さんお待たせしました。練習した通りにやりましょう!正面の潮目に向かって真っ直ぐ投げて下さい!」


「ううっ、ここまで長かったよ〜!後方確認ヨシ! いけっ!フィン・ファンネル!」


「(……入江さんスパロボやってたのね)」


 流れるような動作で力糸に人差し指を掛け、ベールを起こし、潮目を目掛けて投げる様子はまだまだ改善点はあるものの及第点だ。


 仕掛けは無事着水、リールから勢いよく出ていた道糸が止まった。


「着底しましたね。では入江さん、ベールを起こして道糸の出を止めましょう。止めたらリールを巻いて糸フケを取り、道糸をピーンと張った状態にします」


「イギリスのローワン・アトキンソンが演じてた……」


「それはMr.ビーンです!糸を張っておくとアタリがわかりやすいですよ」


「さぁこい!」


 素直に入江さんは糸フケを取り、竿先を真剣に眺めている。


「アタリは無いですか?ではリールをゆっくり巻いて誘いを掛けて行きましょう」


「ん、OK 巻き取る速さは?」


「オモリが海底を引き摺るくらいのイメージですねー。砂煙を立ててキスにアピールしてください。ある程度巻いたら重くなる感覚になるので、そこで一旦止めます」


「あ、重くなった。湊くんこれ海の中どうなってるん?」


「入江さん良い質問ですね。ヨブと言う海底のちっちゃい砂山ですよ」


「異世界居酒屋の……」


「それはのぶです。大御所ですね!」


「ヨブの周りにキスの群れが居ることが多いですから、じっくり探っていきましょうね!」


「OK牧場」


巻いて、待って、巻く。

竿先に集中しながら入江さんは基本動作を繰り返す。


コツン……コツコツ


 三回目の投入を終えた時、遂に入江さんに初アタリが到来。静かに竿が震えている。


「湊くん、何かきてるね!」


 これが成長だろうか?彼女はアタリを感じてもあたふたしなくなってきた。


 むしろこれから始まる魚とのやり取りを、控えめな胸を躍らせながら楽しむ余裕が出てきたのかもしれない。


 どうせならさっき神社でお願いした通り、控えめな胸も成長して欲しいものだ。ダッダーン!


「入江さん、おそらくキスが当たってるから、しばらく巻くのを止めて完全に食い込ませましょう」


 今か今かとアワセを入れようと鼻息の荒い入江さんをなんとか宥める。


グーン!


さらに竿がしなり、魚が掛かったようだ。


「おっ!来た来た!結構引くね!」


 もう俺に聞かずとも自分のタイミングでアワセを入れて魚とのやり取りを開始する入江さん。


「どうです?魚乗ってますか?」


「うん!ちゃんと手ごたえあるし重いよ!」


 静かに、確実にリールを巻き上げる入江さん、これまでの努力の成果を噛み締めるように、一巻き、また一巻きと魚を引き寄せる。


バシャっ!


 遂に波打ち際に朝日を浴びて輝く白金色の魚体が見えた。しかも二匹掛かっている。


「おっ!まさかダブル!?」


 サンダルに砂が入るのも厭わず波打ち際まで駆け寄り跪いた入江さんはキスを宝物を扱うかのように掌に乗せた。


「〜〜〜〜〜!」


「入江さん?」


「やっと釣れた……私の……ううん、私たちのキス」


 あどけない顔をくしゃくしゃにして感涙に咽ぶ入江さん。


「入江さんおめでとうございます。入江さんの力で釣った本物のキスですよ!」


 彼女とは釣り仲間?弟子と師匠?友達?

不思議な関係の俺たちだが、彼女は失敗しても挫けず挑戦して結果を残した。


 入江さんが今とても眩しく映ってるのは角度を上げてきつつある太陽のせいだけではない。


「ううん、湊くんが諦めずに寄り添ってくれたから……ダメな私も頑張れた。ありがとう」


「あのまま上手く投げられ無ければ、湊くんが何処かへ行ってしまいそうな気がして怖かったの」


「まさか。例え入江さんが投げるのをマスター出来なくても、いつもの堤防でいつもの延べ竿で俺たちは肩を並べて釣りしてますよ?俺の隣は……入江さんしかいないので」


「ふふ、嬉しいこと言ってくれるじゃん。じゃあ湊くんの隣に座るに相応しい女釣り師にならないとね!さぁ大漁目指していっぱい釣るよ!」


元気を取り戻した入江さんと共に、俺たちはキス釣りを堪能した。

泣きあり笑いありの初遠征は大漁で幕を閉じた。

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