第9話 サヨリの見釣り①

 入江さんのボルボサーティーン号は無事に自宅に送り届けてくれた。


「入江さん、運転ありがとね!お疲れ様!」


「ううん、湊くんも急な誘いだったのに付き合って貰って助かったよ」  


「じゃあさっそくサヨリ釣りの準備しましょうか?」


 俺は入江さんを自宅の物置兼倉庫に案内する。竿やら道具やらが所狭しと保管してある俺の秘密基地だ。


「うーん、ここは湊くんの趣味丸出しだねぇ」


入江さんが感心して笑う。

弟の部屋に隠してあったエロ本を見つけた姉のような眼差しは俺に効くからやめて欲しい。


「すいません、入江さんが来られると分かってたらもう少し片付けてたんですが」


「や、全然!男の子のTheワールド素敵よ?」


 キョロキョロしながらさも興味深そうに倉庫中を眺めている。


「ところで入江さんっていつ頃からメガネかけてます?」


「ん〜?中学くらいだっけかな?どしたの急に?あ!分かった!湊くんって……メガネフェチでしょ?女の子にメガネをかけさせたまま、溜まりに溜まったリビドーをバーニングするつもりなんじゃ……いやぁぁ不潔よぉぉ!」


「入江さんの妄想力には感服しますわ。今日の釣りに必要な能力は知力でも体力でもなくーー」


「わかった!時の運だ!みんな〜!ニューヨークへ行きたいかぁぁぁ!!!???」


ちっちゃい身体でラオウ昇天ポーズをキメる入江さん。


「そりゃアメリカ横断ウルトラクイズですがな!釣りを運ゲーにしないで下さい!……いや、運ゲーかも知れませんけど」


 俺だって釣りが運ゲーだって分かってるのがつらいところ。


「ごめんごめん話のコシを折って。昼食がうどんだけに」


 入江さんはテヘペロポーズをするが反省の色は全く無しだ。


俺はコホンと咳払いをして、


「今日はサヨリのをします!」


「見釣り?」


はて?と首を傾げる入江さん。


「そう。見釣りです」


「重光葵外相が艦上で日本の降伏文書に署名したアメリカ合衆国海軍の……」


「それはミズーリです!無理やりボケんといて下さい!」


 読んで字の如く、サヨリがエサ食った瞬間を「見て釣る」から見釣りだ。なので海中の様子を見える視力が大事な能力となる。


 サヨリはほぼ水面近くを泳いでいるので、捕食シーンを見ることは割と容易だ。


「じゃあ入江さん、竿を開封して仕掛けを作っていくよー」


「先生お願いします!」


「延べ竿は穂先にカラーリリアンが付いてるので、これにまず道糸を繋ぎます」


 俺はリリアンの先を結んでコブを作った。

なるべくリリアンの端っこにコブが行くようにに調整するのがポイントだ。


「次に道糸にチチワを作ります!」


「ど〜する?アイフルー?」


満面の笑みで犬の真似をしてお得意の上目遣いをこちらに向けてくる入江さん。


「それはチワワ!」


「あぁ、うどん屋で磯辺揚げにされてる徳島県鳴門市名物の……」


「それはチクワ!」


「メロンの仲間の東洋ウリでスイカに近いような食感の……」


「それはマクワ! ワしか合ってない!」


入江さんとくっだらねぇ事をグダグダ言い合って笑ってる時間が何より楽しみになってきている。誰だよ俺のこと朴念仁って言ってた奴は。


「さて、道糸を十センチほど二重に曲げ、間隔を開けて結び目を二つ作ります」


入江さんの目の前でゆっくりと手本を見せて行く。糸の結び方は本とか写真では中々わかりにくいので、ここは実践あるのみだ。


「二つの結び目の間にできた大きい輪っかを半分に折り、出来た空間の中にリリアンを通して道糸を引っ張ると、引っ張れば引っ張るだけ糸が締まる強い結び方になります」


「私もこうやって湊くんに赤いロープで縛られるのかな?」


 何か身悶えてる29歳女子はとりあえず無視する事にする。


「固く結べるにも関わらず、この小さいチチワを引っ張ると簡単に解けるのがチチワ結びの面白いところです」


「おー!不思議だ。結び方ひとつとっても面白いね!」


「道糸は竿の長さより30センチ短いところでカットします。ヨリモドシを間に挟んでハリスを30センチ結んで、間にウキゴムを取り付けます」


「あ、一応ウキも付けるのね?」


「そうです。アタリは海中を見てタイミング合わせますけど、タナの固定の為にウキは付けます」


「で、一番の難所は鉤の結びなんですよ」


俺は今回使う渓流鉤を手のひらに乗せて入江さんに見せた。


「うわ、ちっちゃ!カサゴを釣った時の鉤とは全然サイズが違うねー」


メガネ越しに目を見張る入江さん。


「えぇ、魚の口に合ったサイズの鉤を使わないと釣れにくいですね。カサゴの時は大きい鉤、ベラの時は小さくても太い鉤使ったでしょ?サヨリの口はベラよりも小さくて繊細なので更に小さくて細い鉤を使います」


「なるほど、だから釣具屋さんには何種類もの鉤が置いてるのね」


「結ぶのが面倒なら、予めハリスに結ばれた鉤が売ってるのでそれを買うのもアリですよ」


 蘊蓄を語りながらキュッと鉤を結んで仕掛けは完成だ。同じく俺の分も仕上げ、仕掛け巻きに巻き上げる。


「湊くん、サヨリを釣るエサはどうするの?」


「冷凍庫に買い置きのアミエビあるのでそれを使いますよ」


「アミエビは撒き餌じゃない?鉤につけるやつー!」


「さすが入江さん察しが良いですね。サヨリ釣りのアミエビは撒き餌と付け餌を兼ねております!」


「えええぇぇぇ!? あんなちっちゃいエビをどうやって鉤に付けるのよぉぉ!?」


「鉤もちっちゃいので問題ないです!」


「答えになってなーい!」


「細かいことは海に行って教えますからね!さっ、そこの冷蔵庫から好きな飲み物取ってください。まだまだ今日は暑いですよ!」


なんだかんだで釣りの準備は楽しい。

二人とも遠足の前日のような浮かれようである。

ツクツクボウシの鳴き声が陽炎の中を響いていた。

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