22日目:美咲の涙

放課後の教室。

カーテンの隙間から差し込む夕日が、机の上を赤く染めていた。

俺は帰り支度をしていたが、ふと視線を感じて顔を上げる。

美咲が、教室の隅でじっとこっちを見ていた。


「……悠真、最近さ」

「ん?」

「なんか無理してるよね」


不意を突かれて、手が止まった。

「そんなことない」

「あるよ。顔に出てるもん」


美咲の声は、いつになく真剣だった。

近づいてきて、机の前に立つ。

「私、見てて分かるの。笑ってるけど、本当は苦しそう」



胸の奥がざわついた。

隠していたはずのことが、じわじわと暴かれていく。

「……大げさだろ」

「大げさじゃない!」


美咲が声を張った。

教室に静寂が落ちる。

次の瞬間、彼女の目に涙が滲んでいた。


「どうして言ってくれないの……?」



俺は言葉を失った。

本当のこと――余命のことなんて、言えるはずがない。

でも、美咲の涙は止まらなかった。


「私、友達だよね? 一緒に笑って、泣いて、そうやって過ごしてきたのに……どうして、ひとりで抱え込むの」

震える声が胸に突き刺さる。


(言えない。だけど、隠すのも苦しい)


俺は無意識に、彼女の涙を拭った。

温かさが指先に伝わる。


「……ごめん」

それだけしか言えなかった。




夜。

病室に戻ると、ルカが静かに見ていた。

「今日の奇跡は?」

「使ってない」

「けれど、あなたは泣かせた」

「……俺が泣かせたんじゃない。嘘が泣かせたんだ」


ルカは一瞬だけ目を伏せ、ぽつりと呟いた。

「嘘もまた、人を生かす」


残り八日。

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