6日目:雨の休符

昼下がり、校舎の外は鉛色の雲で覆われていた。

天気予報は午後から本降り。雷注意報も出ている。


「やばいな……」

窓の外を見上げながら、美咲がため息をついた。

「せっかく今日で壁画完成なのに」


美術部の有志たちが、校庭の一角に大きな壁画を描いていた。

文化祭でお披露目する予定。

だけど仕上げの今日、雨で流れたらすべてが台無しになる。


「なんか、運悪いね」

俺は苦笑しながらつぶやいた。

胸の奥では、もう答えを決めていた。



「今日の奇跡は――壁画が完成するまで、校庭の上だけ雨を止める」


ルカが静かに瞬きする。

「承認」


瞬間、雲の厚みがすっと裂けた。

校庭の上にだけ、ぽっかりと穴が空いたみたいに光が降り注ぐ。

周囲の校舎や道路には、相変わらず雨粒が叩きつけているのに。


「……なにこれ」

美咲が目を見開く。

「信じらんない……!」


絵筆を持つ美術部員たちは歓声を上げて作業に戻った。

壁画は虹色に塗り重ねられていく。

空は灰色なのに、キャンバスだけが晴れているようだった。




夕方。

「できたーーー!」

部員たちが揃って声を上げる。

大きな壁いっぱいに描かれたのは、未来へ飛び立つ大きな鳥。

翼の先には、雲間から射す光が重ねられていた。


「すごいな……」

俺は思わず立ち止まった。

美咲が嬉しそうに笑っている。その笑顔を見られただけで、今日の奇跡は十分だった。




病院へ戻る道。

ルカが淡々と告げる。

「帳尻。止められた雨は、隣町に集まった」

「……大丈夫なのか」

「小さな畑が一時的に水没した」

「……」

胸がずしりと重くなる。

「でも、その農家はこれを機に排水設備を改善する。数年後、大きな災害を防ぐことになる」

ルカの声は一定だった。淡々と、けれどどこか遠い。


俺はしばらく黙って歩いた。

奇跡は、ただの気まぐれじゃない。

笑顔を生むたびに、どこかで別の涙を作る。

けれど、その涙が未来の笑顔を呼ぶかもしれない。


「……やっぱり、簡単じゃねえな」

そうつぶやくと、ルカが初めてほんの少しだけ、目を細めた。

「簡単なら、それはもう奇跡じゃない」


夜空にはまだ、遠くで稲光が走っていた。

俺は窓辺に立ち、壁画の鳥を思い出していた。

羽ばたくたびに揺れる未来を。


残り二十四日。

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