5日目:帰り道の地図
放課後の商店街は、人とネオンと焼き鳥の匂いでごった返していた。
夏の夕暮れは長い。空はまだ赤く、でも電灯がちらほらと光を点け始める時間帯だった。
「やっぱり、こういう人混みは疲れるな」
俺は小さくつぶやき、コンビニ袋を片手に歩いていた。
そのとき、前から小さな影がよろめくように出てきた。
ランドセルを背負った、小学生くらいの女の子。
キョロキョロと左右を見渡し、泣きそうな顔で立ちすくんでいた。
「……迷子か」
俺は足を止めた。
近くには親らしき人影は見当たらない。
声をかけようか迷っていると、女の子と目が合った。大粒の涙が一気にあふれた。
「……おうち、わかんない」
胸の奥がちくりと痛んだ。
俺はしゃがみこんで目線を合わせる。
「大丈夫。ちゃんと帰れるよ」
そう言いながら、心の中で決めた。
「今日の奇跡は――この子にだけ、家までの道が見える矢印を示す」
ルカが背後で目を閉じる。
「承認」
次の瞬間。
女の子の視線の先に、何かを見たように顔が明るくなった。
「……こっち!」
彼女は小さな足で駆け出す。
俺も後ろからついていった。
人混みの中、彼女だけが迷わずに進んでいく。
まるで目に見えない蛍光の矢印が、地面に光っているかのようだった。
数分後。角を曲がった先に、青い瓦屋根の家が現れた。
玄関の前で一人の男が血相を変えて飛び出してくる。
「美優っ!!」
「パパ!」
男は娘を抱きしめ、そのまま泣き笑いになった。
「よかった……! 本当に……!」
その光景を見て、俺は少しだけ胸を張った。
くだらない奇跡もいい。でも、こうやって誰かを帰すのも悪くない。
帰り道。
ルカが淡々と告げる。
「帳尻。父親は今夜、残業を飛ばす」
「……それ、悪いことなのか?」
「いいえ。彼は代わりに“地域の危険な交差点の改善案”を役所に投げるだろう」
「へえ……」
奇跡の波紋が、じわじわと未来へ広がっていく。
たったひとりの帰り道が、誰かの明日を変える。
俺は思わず笑った。
「今日の奇跡は、当たりだったな」
ルカが小さく首を振る。
「違う。これはまだ、序章」
彼女の瞳は、夕闇の中で淡く光っていた。
俺はその光に気づかないふりをして、歩き続けた。
残り二十五日。
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