歌声よ、言の葉を抱きしめて

和泉 白菜(しろな)

第1話

 

 高校デビュー、という言葉がある。


 中学時代の自分を殺し、まったく新しいキャラクターとして高校生活を始める、臆病者のための自己改革。

 うたは、その典型だった。


 地味だった黒髪を校則が許す限り明るい茶髪に染め、覚えたてのメイクと色鮮やかなネイルで、臆病な過去を塗り固める。

 うたにとって、世界とは戦場だ。

 そして、言葉は武器にほかならない。

 誰かが言った「話せば分かる」なんて、綺麗事でしかない。声の大きい者が勝ち、言葉巧みな者が人を支配する。ちっとも平和ではない言葉の戦争が、ここにはある。

 中学時代、その戦いに完膚なきまでに敗れ、引きこもりにまでなった彼女が学んだ教訓。

 それは、多数派という名の塹壕に身を隠し、決して敵を作らないことだった。


 ーーー


 ​昼休みの教室は、飽和した音で満ちていた。

 どこかのグループが、昨日のテレビ番組の話で甲高い笑い声を上げている。

 別の場所では、スマートフォンの画面を囲み、誰かのSNSの投稿に一喜一憂している輪がある。その全てが、うたにとっては不快なノイズだった。

 意味のない音のつぶて

 その一つひとつが、誰かを肯定し、誰かを否定し、見えない序列を作り上げていく。

 うたは、所属するグループの女子たちが交わす、当たり障りのない会話に適当な相槌を打ちながら、心の中では冷ややかに毒づいていた。


「ねえ、昨日もあの子、音楽の教科書ずっと読んでたよね」


 グループの一人が、教室の隅に視線をやりながら、声を潜めて言った。

 視線の先には、窓の外を眺めている、ことばがいた。

 教室の喧騒など存在しないかのように、彼女だけが静止画の中にいる。

 色素の薄い髪が、午後の光に透けていた。


「ことばちゃん? なんか、ちょっと怖いよね。何考えてるか分かんないし」

「耳、聞こえないんでしょ? 大変だよねー」

「なのに音楽に興味あるっぽいし」

「耳、聞こえないから意味ないのにね」


​ 好き勝手な言葉が、矢継ぎ早に投げつけられる。そこに、明確な悪意はないのかもしれない。

 本人たちにしてみれば、それは軽いからかいの範疇なのだろう。ただの無知と、ほんの少しの好奇心。だが、うたは知っていた。

 その無邪気さこそが、最も鋭利な刃物になる瞬間があることを。

(――やめて)

 喉まで出かかった言葉を、うたは飲み込んだ。そして、練習してきた完璧な笑顔で、曖昧に頷いてみせる。それが正解だ。ここで波風を立てるのが、一番の悪手なのだから。

 その瞬間、胃の奥から、ずしりと重い何かがせり上がってくる感覚に襲われた。

 吐き気がする。違う。正解なんかじゃない。

 これは、中学時代、陰口を叩かれていた自分を遠巻きに見ていたクラスメイトと、まったく同じではないか。

 言葉は武器だ。そして今、自分はそれを使う側に加担している。

 うたは、込み上げてくる自己嫌悪をごまかすように、プラスチックのストローで、ぬるくなったジュースをかき混ぜた。

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歌声よ、言の葉を抱きしめて 和泉 白菜(しろな) @tatuki-24

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