この街で起きた全て
真夜中珈琲
苔の家
由佳(24歳)
これは、私が大学生の時に体験した話です
当時私はダンスサークルに入っていて、まぁあまりダンスはせず飲み会ばかりのサークルだったんですけど。
その日もいつもの如く、大学近くの居酒屋で夜遅くまで飲んでたんです。先輩達からお酒を強要されてて、終盤はもう記憶は無くなってました。
「お開きにしよう」と言われた時にはもう夜中の1時で、終電はもう過ぎちゃってたんですよね。
でもタクシーで帰れるほどのお金は持ってなかったし、友達も皆別の方向へ帰っていってしまって。
ただ自宅は隣駅なので、酔い醒ましも兼ねて歩いて帰ることにしました。
しばらく歩いていると街灯もまばらな住宅街に入ったんです。
真夜中だから家の明かりもひとつも灯ってなくて怖かったのを覚えてます。
人通りもなく、フラフラと歩いているとふと妙な建物が目に入ったんです。
パッと見は古い木造の一軒家なんですけど、壁や屋根にビッシリと苔で覆われていて、まるで長い間湿った場所に置き去りにされていたかの様でした。
そして気が付いたら足が勝手に敷地の中に入っていたんです。
おかしいですよね、でも何か吸い込まれたかのように気づいたら玄関の前に立っていました。
その時何を思ったか、玄関横の小窓を覗いてみたんです。月明かりに照らされた家の中は外観とは裏腹に、綺麗で整頓されていて驚きました。
私は我に返り、さっさと帰ろうと踵を返そうとした時です。
耳元で、何かが息を吐くような気配を感じたんです。
「入ってください」
掠れた弱々しい老人の声でした。
地を這いつくばるような低い声が、鼓膜に直接触れるみたいに囁いたんです。
私は一気に酔いが覚め、無我夢中で走って逃げました。
顔面蒼白で自宅のアパートに転がり込み、震える手で鍵を閉め布団に潜りました。
それでもあの声がずっと鼓膜にへばりついていた感じがして、私は気分が悪くなり戻してしまったんです。
胃の中のものを全て吐き出して、そのまま意識が途絶えてしまいました。
そして目が覚めた時には朝の7時でした。
気持ちを落ち着けシャワーを浴びようと浴室に入った時、私は凍りつきました。
浴室の壁も天井も、足元のタイルまでも一面、苔に覆われていたんです。
ジメジメした匂いと、緑で黒いぬめりが私の体中にまとわりつき息が詰まりそうでした。
その時、また私の耳元で
「なんで来ないの?」
あの老人が囁いたんです。
それから引っ越すまで時間はかかりませんでした。
当たり前ですけど業者や大家に話しても信じてくれませんでしたね。
その後は掃除代やらなんなりでお金は結構取られましたけど、引っ越してからは何も無いんで今は安心して暮らしてます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます