永遠なのか本当か

垣内玲

【1】

スーパーでワクワクできるのが“大人”の男なんだ


 目を輝かせながら野菜を手に取る2人の男性モデル。あるいはこの2人は同性カップルだろうか。今の時代に合った、イケてる広告だと思う。うちの会社のクリエイティブ部門が張り切って作ったポスターは、老舗の地場スーパーの、ところどころ傷んだ建物のなかで異様な存在感を示している。

 スーパーまるやまの丸山社長に、この企画を持ち込んだのは清水さんだった。丸山社長と清水さんは年も近くて気も合うらしい。スーパーマーケットという古い事業に、新しい風を起こすのだと関係者一同大盛り上がりだった。


 社会人になって一人暮らしを始めて以来、毎日のようにスーパーまるやまを利用している私としては、別段まるやまに新しい風など吹いてほしいと思ったことはない。そんなことよりは、以前取り扱っていた安くてそれなりにおいしいバタークッキーをもう一度置いてほしい。ついでに言えば、2階に入っている本屋の書籍スペースがどんどん縮小して、文房具コーナーになってしまっているのも面白くなかったけれども、こればかりは全国的な傾向らしいのでスーパーまるやまばかりを責めるわけにもいかない。


 半額になった総菜を買って、帰路につく。都心から電車で30分ほどのベッドタウンは、駅の近辺こそ妙に華やかだけれども、駅から10分も歩くとろくに灯りもない住宅街が続く。さほど治安の悪い場所でもないので私自身はそこまで心配していないのだけれども、両親が娘の一人暮らしを不安がって、何かといえば家に戻ってこいと言うのも理由のないことではないと思う。実家から今の会社に通うこともできるのにわざわざ一人暮らしを選んで、親を心配させる自分が情けないけれど、実家にいたら門限が厳しくて、気軽に清水さんに会えない。


 清水さんは今年で48歳になる。私より一回り以上年上だ。奥さんがいて、子供が2人いて、絵にかいたような幸せな家庭を築いている。身に着けているものはどれも派手さはないものの洗練された趣味のブランドもので、若作りには見えない程度にヘアスタイルも整えている。クリエイターとしても優秀で、零細の広告業者に過ぎないうちの会社を引っ張っているのは清水さんだ。私なんかを本気で相手にする人でないことは、私自身が誰よりもよく理解している。


 清水さんに最初に食事に誘われたのは、転職して半年経ったころのことだった。30人もいない小さな会社で、顔と名前が一致しない人はいない。それでも、清水さんは忙しくて私みたいな事務職と直接やり取りする機会なんかほとんどなくて、毎日顔を合わせていても遠い人だった。それがたまたま帰る時間が一緒になって、居酒屋で話し込んで、私は馬鹿みたいに舞い上がってしまった。

清水さんは、うちの会社唯一の国立大卒で頭が良い。仕事の話をしていても、地域の将来や広告業界のビジネスモデルがどう変わっていくかということまで考えているのがわかる。目の前の仕事を終わらせるので精一杯な私なんかにはまるでない感覚だった。ああ、この人はなんでも知ってるんだ。この人についていけば安心なんだ。そんなふうに感じさせる包容力のある人だった。

清水さんと男女の関係になりたいと思っていたかどうか、今の私にはよくわからない。気が付いたら私はホテルにいて、清水さんに抱かれていた。


 今の関係がいつまで続くのかわからない。いつ清水さんの奥さんや、会社の人にバレるのか、バレたらどうなるのか、深く考えたことはない。私が考えなくても、清水さんが考えてくれているだろうとどこかで安心しているのかもしれない。仕事でもプライベートでも、清水さんの言うとおりにしていれば間違いはなかったから。

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