第2話: 妻、佳織の証言
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《TVニュース特集より》
──「企業再建の旗手として名を馳せ、晩年は文化・福祉支援に尽力した佐久間修氏。
関係者の証言によれば、その素顔は『沈黙と包容力の男』だったとのことです。
ご遺族の意向により、葬儀は近親者のみで執り行われ──」
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番組内では、有名司会者が「個人的にも尊敬していた人物です」と語り、スタジオはしんみりとした空気に包まれていた。
SNSでは既に十万件以上の追悼投稿が流れていた。
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応接室の空気は、冷房の音だけがかすかに響いていた。
佐久間佳織は、淡い色のワンピースを着ていた。黒ではなかったが、葬儀以降、外出時はその色ばかり選んでいるという。
正面に座る葛木を一瞥し、佳織は静かに口を開いた。
「“亡くなる前兆”のようなものは──特に、なかったと思います」
声に揺れはない。涙もない。
「ただ、最後に会ったのは、京都の親善イベントの数日前です。そのときも変わった様子は……なかったですね」
葛木はメモを取るふりをしながら、視線を逸らさずに彼女を見ていた。この
「葬儀の場でも、世間では“理想の夫”と讃える声が多く聞かれました。奥様から見て、佐久間修という人は……どんな方でしたか」
佳織は一瞬だけ、目線を外した。
そして、まるで誰かに読み聞かせるような語り口で、答えた。
この語りが、形式的な“証言”ではなく、彼女自身の“告解”のように聞こえた。
「……静かな人でした。よく“包容力がある”と評されましたけれど、私はそうは思っていません。あの人は“何も言わない”だけなんです」
葛木の手が止まった。
「何も、言わない?」
「ええ。私たちは、結婚して二十年になります。でも──彼が“怒った”のも、“喜んだ”のも、覚えていないんです。少なくとも、私に対しては」
それは怨みではなく、ただの事実の羅列だった。
「佐久間さんには、親しい方はいらっしゃいましたか」
「どうでしょう……。彼が、唯一笑った顔を見せていたのは、あの子かもしれません。議員の一ノ瀬さん。まだ、若い子ですけれど、政治の支援もしていて……」
その名前を聞いた瞬間、葛木はごく僅かに眉を動かした。だが、表情は変えなかった。
「ありがとうございます。最後に、伺います。……佐久間さんが“死ぬような人”だと、思われますか」
佳織は目を閉じた。
数秒の沈黙ののち、こう答えた。
「──わかりません。……たぶん、最初から、何もわかっていなかったんです」
そして、彼女はそのまま席を立った。
葛木は静かに立ち上がりながら、手帳を閉じた。
一ノ瀬綾──政治との繋がりは後に回そう。
まずは、長年彼を支えた“もう一人の近しい存在”から確かめてみるべきだ。
佐久間修の秘書──名前は、確か、柴崎という。
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