14 結局RPGは面白いよね、神楽道中記とか
「かきあげが死因って、バカ言わないで。まだ死んでないでしょ。水とか飲ませたほうがいいのかな?」
レジ袋からペットボトルを取り出して、沙耶は弁当箱に水をぶちまける。
「あーあ。弁当箱を汚しちまって。容器を回収しにくる弁当屋も、これじゃあ大変だな」
この弁当は、業者が現場まで届けてくれている。茂たちが午後の仕事をしている内に、残飯ごと空箱の回収をするサービス付きなのだ。
もっとも、そのサービス精神こそが、かき揚げの材料と噂されている。
沙耶の親父さんの話では、前日の弁当箱に残った残飯に天ぷら粉をつけて、かき揚げにしているという話なのだ。
いずれは、腹を壊した犠牲者が出るという話のオチがあったぐらいである。それでも、野良犬が最初に倒れるとは思ってもみなかった。
水を飲んで息を吹き返した犬に、茂は口直しにコロッケを与えてやる。
「へぇ、茂も優しいとこあるんだね」
「その噂を学校に広めてくれ」
「効果ないと思うよ。『後藤のことだから、犬を太らせて食うつもりだ』とかいわれるって」
「そこまでひどいことは、さすがに——いや、いわれてもおかしくねぇか」
払拭される気配のない『後藤茂の都市伝説』について考えると、気が滅入ってきた。
「ところでさ、茂はゴールデンウィーク中ずっとバイトなの?」
「いや、最終日は休みだ。しかも、その頃には給料を手渡しでもらえてるって話だぜ」
「金持ちになってるってことか。予定とかなんかある? なかったら遊ぼうよ」
沙耶の目が輝いている。人が汗を流して稼いだ金を狙っているのか。
「悪いけど、大事な用事があるんだよ。だから俺にたかるな」
「なによ、それ。別におごってほしくて誘ったんじゃないのに」
口をとがらせて沙耶が反論する。茂が考えているほど、意地汚くはないようだ。
「とにかく。これ以上、俺は結婚を遅らせたくないんでな」
神楽木鞘香と結婚するために必要な第二の鍵。
それを入手するためには、スタンプを集めなければならない。
ゴールデンウィークの最終日は、九登の名産品を購入していき、スタンプラリーをやろうと予定しているのだ。
茂の正面で、沙耶は目を細めていた。
「なんでもいいけど。ちゃんと自転車は弁償しなさいよね」
█████
新品のママチャリに乗って、茂は道の駅『九登の里』にやって来た。
ここには大きな土産屋があって、試食を片っ端から食べると昼飯代が浮いた。スタンプラリーを集め終えたあとも、食うものに困れば、また道の駅にやって来てもいいかもしれない。
土産屋を出てすぐのところに綺麗な公衆便所がある。手洗い場に肩提げ鞄を置き、茂は購入した五つの商品を整理していく。
お菓子や漬物など四つは鞄の中に押し込めた。だが、九登の観光名所のひとつ『黒飴ちゃん』を模した貯金箱は、鞄よりも大きい。貯金箱だけは、紙袋を提げて持ち歩かねばならないようだ。
ついでだから、次の目的地にむかう前に、小便をすましておこうと思った。
小便器の前に立ち、ズボンのチャックを下げる。イチモツを出すまでの間、ボウリングの球のような貯金箱が、何度も体にぶつかる。
いかに邪魔であろうとも、貯金箱を捨てるという選択肢を茂はもっていなかった。ゲーム内で、鞘香が「物を大事にしない奴は最低だ」といっていたからだ。
たとえ貧乏で、中に入れる金がなかったとしても、俺はぜーったいの絶対に——
「――って、大量に捨てられてる!」
目線の高さにある窓から、ゴミ置き場が見える。悲しいことに、そこは『黒飴ちゃん』貯金箱の墓場になっていた。超能力疾患のゲームファンが置いていったのだろう。
玩具つきお菓子を買って、お菓子はいらないから捨てる子どもと発想が同じだ。貯金箱の数から考えて、情けない大人が、ざっ一〇人いることになる。
ほとんどが新品と変わらぬ状態だ。もしかしたら、また店頭に並べるのではないかと気になって眺めていた。
台車の上の大きな段ボール箱に、悲しい目をした若いお姉さんが貯金箱を入れていく。道の駅のロゴが入ったエプロンをつけた姿は、どこか物悲しい。
「安心してください! 俺は貯金箱を大事にしますよ!!」
いきなり強い口調で茂が断言すると、お姉さんはビクッとなった。
そのまま目があって無言の時間が続く。
このタイミングで、ようやく尿意をもよおしてきたせいで、茂が一歩も動けないでいると。
「えーっと。じゃあ、これも持って帰って大事にしてくれますよね?」
それだけいうと、茂の答えをきかずに若いお姉さんは立ち去ってしまう。道の駅のエプロンが、マントのようたなびいていた。
█████
茂が回収した貯金箱の数からもわかるように、道の駅は人で賑わっている。
家族連れの客が大半を占めているが、萌えおこしの影響で九登に来た連中の存在感は数以上に目立っていた。
中には、スケッチブックに目的地を書いて、ヒッチハイクをしている者もいるぐらいだ。
「てかあいつ、ひょっとして」
ヒッチハイカーは眼鏡っ娘で、その足元には様々な土産屋の袋が置かれている。
日に焼けて、見た目よりも年齢を重ねていそうな男二人組が、その土産袋を持ち上げる。いままさに、車へと案内されるところだった。
「久しぶりだな、真希。どうせ行き先は同じだろうし、俺も一緒に乗せてもらえるか?」
大量の貯金箱を包んだ風呂敷を背負う茂の接近に、男たちは目を丸くする。タトゥーが彫られている手は、真希の土産袋を再び地面に置いた。立ち去る際に地面に吐かれた唾は、この世のものとは思えない色をしていた。
「なんなんですか? 邪魔しないでもらえますか?」
真希は不機嫌に頬を膨らませる。ゲームキャラのようなリアクションをする女の子だ。
「むしろ、感謝してもらいたいもんだ。俺がいなきゃ、ひどい目にあってたかもしれないのに」
「ひどい目とは、具体的に?」
「そりゃ【神楽道中記】で妖怪に負けた巫女が、ズボン下ろして待機してたプレイヤー側からすれば、ご褒美になっちまうシーンを提供してくれる展開だな」
「具体的かもしれませんけど、まったくわかりませんよ。なんですか、そのなんとか道中記って」
「二人の巫女が、ダンジョンに挑戦するRPGが【神楽道中記】だ。さっきの野郎どもの土産袋を持つ手がなんかよ、タトゥーのせいだろうけど、巫女を犯す人ならざる手に見えちまってさ。そして、吐いた唾の色で確信を持った。ありゃ妖怪だよ」
「エロゲーなんですか? アナタも、真希の昔の仲間と一緒で【超能力疾患】以外のゲームもプレイしてるわけですか」
「してるわけですか、じゃねぇよ。失礼な決めつけは、やめてくれよ。実際にプレイしちゃいないけど、知ってるだけだ」
「そんなことあります?」
「そういう界隈に身を置いていたから、情報だけは入ってくるもんだよ」
真希は納得したのか、そうでないのかどちらかわからない顔で、苦笑いを浮かべている。ぶっちゃけ、興味ないのかもしれない。だとしたら【神楽道中記】は全年齢版とエロゲーでデータが共有できるとか話しても意味がないだろう。
「んなことよか、さっき昔の仲間とか言ってたか? お前がヒッチハイクしてるのって、もしかして?」
「察するとおり、自転車に負けるような連中と一緒にいたくなかったので。真希だけ脱退しました」
真希の言い方には毒が含まれていた。
「ひょっとして、あれか。俺のせいで喧嘩別れしたってことか?」
だとしたら、罪悪感をおぼえる。
仲間を集って聖地めぐりをしている連中に、多少なりとも嫉妬心を持っていたのは事実だ。だがらといって、彼らの友情を破壊するために競い合ったのではない。
ただ単に、いくら力を集結させても、鞘香への思いは茂ひとり分のほうが強いと確かめたかっただけだったのに。
「悪いことしちまったみたいだな」
「謝らないでくださいよ。これはこれで、いいキッカケになったって、真希は前向きに考えてるんですから」
「いいキッカケ?」
「以前から温度差があったんですよ。彼らは真希ほど【超能力疾患】をやりこんではいませんでした。萌えおこしでヒロインと結婚したとしても、遠くない未来では他のエロゲーヒロインに浮気するのは目に見えていましたよ」
自分以上にのめりこんでいるものはいない。そんな意味がこめられた発言を黙って聞き流せるほど、茂は人間ができていなかった。
「おまえだって、俺にいわせりゃ底が浅いけどな」
「そんなことはぜーったいの絶対にありえないです。どっかのヒゲよりは確実に上です」
茂はあごヒゲをさすりながら反論する。
「ある無茶苦茶かわいい女の子がこんなことをいってた——仲間とか友達とか、持ってない奴からしたら、うらやましいもんなんだぞ。って」
カッと目を見ひらいた真希が、手からスケッチブックを落とした。
「いまの鞘ちゃんの台詞ですね。しかも、バッドエンドにむかうルートでしか出てこないやつじゃないですか」
「そのとおり。鞘香の自殺フラグが立つやつだ。でも、このルートも攻略しとかないとトゥルーエンドにはいけないからな」
「はぁ? なにいっちゃってるんですか。別に見なくてもトゥルーにいけますよ」
勝ち誇った顔で真希は笑う。茂は戸惑ってしまった。自信に溢れている真希を見て、自分が間違っているのではないかと不安になるほどだ。
「もしかして、あのルートがあまりにもショッキングで、記憶が飛んでるのか?」
トゥルーエンドといわれる、もっとも難易度の高いエンディング。それをみるためには、鞘香がメインのエンディングを他に四つ攻略しなければならない。
全てのルートで共通しているイベントに、鞘香がサイコキネシス疾患だとわかるというものがある。
実は、鞘香は生まれながらに中枢神経に障害があったのだ。本来ならば寝たきりの生活を送っている体を、無意識にサイコキネシスで動かして成長してきたというのが判明してからは、それぞれのルートで怒涛の展開が続き、エンディングに流れ込む。
プレイヤーの選択によっては、真実を知った鞘香を、さらに追い詰めることになるルートもある。最悪な結果として、彼女は自殺してしまうことも。そして絶望した主人公は、神楽木の館に火をつけて自らの肉体と魂を浄化する。
そんな最悪な結末を経験したプレイヤーだからこそ、最高の感動が味わえるのだ。
それから、自殺直前で目からハイライトが失われた鞘香のエロシーンは、作品内でも屈指のイラストが使用されている。初めて間髪入れずに連続オナニー出来たほどに、むちゃくちゃエロかったのだ。
というわけで、初見時の茂は下半身を放り出したまま、鞘香の死を受け入れることになった。あれほどまでに、感情がぐちゃぐちゃになってしまったのは、そうそう経験できるものではないだろう。
なんにせよ、自殺シーンは数多くのユーザーにトラウマを与えているというのも有名な話である。
だから、真希はショックを受けすぎて記憶が飛んだのではないのかと、最初に予想したのだ。
だが、バカげた憶測よりも、可能性が高い理由を閃いた。【超能力疾患】は、一般の家庭用ゲーム機に移植されたソフトもあったはずだ。家庭用ゲーム機に移植されるにあたって、カットされるのはエロいところだけとは限らない。
「ひょっとして、真希はアダルトゲームのほうやってねぇのか?」
「あ、当たり前じゃないですかっ! 真希は中学生ですよ!」
真希は顔を赤くして、唾を撒き散らしながら主張する。
移植版のゲームは、対象年齢が十五歳以上だった気がするのだが。そこに対するツッコミは、とりあえずおいておこう。
「なんにせよ謎はとけた。おまえが語ったバッドエンド見なくていいってのも、正しいっていえば正しいな」
「やっと自分の間違いを認める気になりましたか」
「そうじゃなくて、俺も移植されたゲーム持ってるからわかるんだよ。あれは、いろいろと変更されてるところがあってな」
「知ってます。陵辱エンドがまるまるカットされてたってことでしょ?」
「エロシーンばっかりのルートだったからな。ヒゲの主人公が歪んでくのが特徴的なシナリオだったけど、あれにも鞘香への愛があったと俺は思ってるんだが。あの歪みこそが、あのシナリオにおける純愛っていうかさ」
茂の頭の中で、ベッドの上でひどい目に合っている鞘香の姿が浮かぶ。
ちなみに、陵辱エンドこそが真のエンディングだと、攻略本のインタビューで語るゲームスタッフもいた。鞘香とセックス三昧の日々になったものの、主人公が鞘香を救うために行動したのは疑いようがないシナリオなのだ。
移植版しかプレイしたこのとない真希に、陵辱エンドを茂のように肯定的かどうかと、意見を求めても無駄か。だから茂は、本題を話すことに集中する。
「それで、もうひとつの変更点ってのが、バッドエンドを見なくてもトゥルーにいけるようになったってことなんだよ」
バッドエンドは批判されていた。だからこそ、ユーザーのことを考えて見なくてもいいようにしたのだろう。
「いまの作り話じゃないんですか?」
「有名な話だと思うけど。元お仲間は、そんなことも教えてくれなかったのか?」
ムスッとした顔で、真希はうなずく。
「やっぱり、その程度のグループから脱退して正解だったってことですよね」
「聞く限りだと、しょうもない連中ってのは間違いなさそうだな。でも、だからこそ気になるな。おまえらはどんな話で盛り上がってたんだ?」
茂も転校前は【超能力疾患】の話で、朝まで語りあえる友達がいた。そいつらにも、移植版とオリジナル版のちがいを教えてやった。もっと言えば、転校初日に沙耶にも教えた気がする。
そんなポピュラーな話題すら出てこないのならば、なにを話しているのだろうか。
しばしの沈黙のあと、真希がゆっくりと口をひらく。
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