06 逮捕しちゃうぞのゲームは、アニメファンなら楽しめた

「鞘ちゃん、鞘ちゃんってうるさいのよ。真剣な顔で、私と同じ名前を叫ばないでくれる?」


「沙耶をちゃん付けで呼んだことねぇから、お前のことじゃねぇってわかるだろうが」


「わかったうえで、気持ち悪いって言ってんの。だいたい、パソコンの強制シャットダウンを止めようとして、私の腕を掴んでるけどさ。あんた、直前までなにを握ってたか忘れたの?」


「俺だって鞘ちゃんの、おっぱいを揉んで、手を握って繋がりたいよ。でも出来ないから、仕方なく自分の握ってたんだよ」


 茂の言質をとったところで、沙耶は苛立ち任せに手を振りほどいた。

 そこから、沙耶はなにやら文句をいいつづけた。

 聞こえてはいるが、その意味を理解する余裕が、茂にはなかった。

 真っ黒になったパソコンのモニターにばかり、意識がとられる。

 さっきまで鞘香がうつっていたのに、無理やり消された。

 ひどいや。

 極悪人の所業だ。


「おいっ、沙耶あっ! いまのでデータが消えたら、どう責任を取るつもりだ? ああん!?」


 巻き舌になって、茂はすごむ。


「だ、大事なデータなら、バックアップぐらいとってたらいいでしょ」


 教師に怒られ慣れているからか、沙耶は怯まない。


「とってるわ!」


「と、とってるの? な、なら、怒る必要ある!?」


 沙耶も喧嘩腰になってきた。

 小松を含めた三人でいたときよりも、いまの二人のほうがうるさいかもしれない。近所迷惑だったが、それだけ熱くなる価値はある。鞘香のためにも怒るべきだ。


「どれだけ俺が大事にしてるかわかんねぇのかよ」


「全く理解できない。だって、ただのゲームじゃない。その中の登場人物ってだけでしょ」


「ただのゲーム? その中だけ? はぁ、なにいってんですか? アホですか? ちょっと待ってろよ。お前が、いまどれだけの罪を犯したか自覚させてやるからよ。自首するなら警察に付き合ってやるから、任せい」


 鞘香のグッズは、どのダンボール箱に何を入れたかまで茂は把握している。

 大好きなお菓子が、生産中止すると噂が流れたので段ボール箱で購入した。その箱の中身のお菓子は食べきってしまったが、いまは別の食べたいぐらい好きなものが入っている。

 完成塗装品の鞘香のフィギュアの一つを、箱に入った状態で取り出す。


「ほら! こうやって三次元的に再現されてるものが存在するんだ。すでにゲームを飛び出してるだろうが」


「飛び出してはいない! だいたい、大きさが全然ちがうじゃない」


 いわれてみれば、そのとおりだ。六分の一のフィギュアだから、台座を入れても三〇センチ程度しかない。それでも、限定三〇〇個の商品だから、見る人が見たらよだれを垂らして興奮するというのに。


「ちっ、物の価値がわからんやつは話にならん」


「舌打ち、きこえたぞ。やんのか? 殴り合いでもいいぞ」


 気を取り直して、茂は別の段ボール箱から大きいものを取り出す。ゲーム発売一〇周年記念に販売された抱き枕カバーだ。


「なら、これならどうだ。等身大だぞ!」


「だから、なによ? いいからパンツを履け。このバカが」


 右手にフィギュア、左手に抱き枕カバー。おのずと下半身を隠せなくなっていた。しかも、茂の性器は今日一番ほこらしげだ。

 丁寧にグッズを畳の上に置いてから、パンツを拾い上げる。沙耶に背をむける形でパンツを履いていると、背後から大きなため息が聞こえた。

 沙耶は和室から出ており、振り返ることなく襖をしめようとしている。


「帰るけど、安心して——学校で言いふらすつもりは無いから」


「言いふらすって、なにをだよ?」


「九登の都市伝説こと後藤茂が、よもやオタクになって戻ってきたってことをよ」


 悲しそうにつぶやく沙耶とはちがい、茂は小首をかしげた。


「別にいわれても困ることじゃねぇぞ」


「困るに決まってるでしょうが」


「好きなものは好きなんだから、しょうがねぇだろ」


「私が槇原敬之の歌が好きって覚えてて、歌詞を引用してきたでしょ。『僕が僕らしくあるために〜』ってか?」


「いや、槇原の曲を沙耶が好きなのは知ってるが、なんの歌かピンときてねぇよ。僕がなんちゃらって、尾崎豊の歌じゃねぇの」


「それは、僕が僕であるために、よ」


「違ったか。でも、槇原でも尾崎でもなく、どっかでそのフレーズきいたことあるんだよな」


 そもそも、槇原や尾崎の曲を知っているのも、中学時代に沙耶とカラオケに行った時に、歌えと無茶振りされてなんとなくで歌ったからだ。

 その沙耶がピンときていないということは、沙耶とは関係ないところで知った曲となる。そんなもの、アニメかゲームの楽曲しかないはずだ。何度も曲をきいているならば、レンタルしてきたアニメの可能性が非常に高くなる。

 名探偵ばりの推理力を働かせつつ、結局は茂の記憶の中から思い出す作業だった。


「あ、なるほど。思い出したぞ。逮捕しちゃうぞのオープニングテーマの歌詞に『僕が僕らしく僕であるために』ってのがあったんだ」


「私が知らないわけね。逮捕しちゃうぞに関しては、茂にメインの二人の髪の短いほうでしか抜かないとか、きいてないのに語られたイメージしかないわ」


「修学旅行でも、好きな女の発表で辻本夏実って言っちまったぐらいだからな。若気の至りだぜ、まったく」


「いや、いまも大差ないでしょ。むしろ、エロゲーのキャラと真面目に結婚とか言ってるから悪化してない?」


「悪化してねぇよ。現実的だから。だって、この町には週末を利用して、超能力疾患のキャラと結婚しに来る奴もいるんだぜ。萌えおこしってことで、町をあげて祝ってくれんだろ?」


「もしかして、ここに住む人間全員が、そのゲームを好きだと思ってるの?」


「じゃあ、嫌いなのか?」


「だからそれはいろんな意見があるみたいで」


「他の奴はどうでもいい。沙耶はどうなんだよ」


「私は——」


 フィギュアを見つめながら、沙耶は黙ってしまった。即答してくれると思っていたが、意外と長くなりそうだ。

 答えに迷っているのか。

 いや、もしかして。フィギュアの鞘香に見惚れているのか。

 なんら不思議ではないどころか、むしろ当然だ。

 出来の悪い造形物が多い中、茂が自慢したフィギュアのクオリティーは高い。


 ちょうど、いまの茂の角度からの顔が一番美しい。

 そんな目で見ないでくれと、思わず言いたくなるほどだ。

 冗談抜きで、本当に勘弁してもらいたい。

 美少女ゲームは超能力疾患しかしていなかったのではなかったっけ?

 と、鞘香に責められているきがしてきた。


 いわゆるエロゲーと呼ばれる一八禁美少女ゲームを、茂は超能力疾患しかプレイしたことがない。

 他のエロゲーの知識も大量に持っているが、それはゲームをプレイして得た知識ではないのだ。恋に落ちるのは鞘香だけなので、他のエロゲーをするのは浮気になるとさえ考えている。

 とはいえ、あくまでエロゲーに関してである。美少女が出てくる全年齢向けのゲームならば、他にもプレイしたことがある。それが、プレステで発売された【逮捕しちゃうぞ】だ。


 逮捕しちゃうぞは、アニメから入って好きになった作品だ。その世界の一員になりたいと妄想する中学生からすれば、有栖川亮介というゲームオリジナルキャラクターとして、逮捕しちゃうぞの世界に関われるのは、夢のようなものだった。

 曲がりなりにも墨東署で働いていた茂が、いまは一八歳にならねば遊べない禁じられたゲームに興じている。かつての同僚に知られれば逮捕されるのだろうか。交通課だからといって、許してくれないよなあ。


 なんにせよ、逮捕しちゃうぞをプレイしたことで、エロゲーに対する偏見とかがなくなる下地が出来ており、むしろ興味津々になったのだ。

 そう考えると、これは鞘香に対する浮気ではなく、むしろ導いてくれたものではないか。

 元恋人との経験があったから、鞘香とは結婚を選ぶということで、許してもらいたい。エロゲー童貞を捧げたのは、アナタなのですから。


 ふと、茂は沙耶の視線にきづく。見つめてくる瞳には、複雑な感情の色がある。

 茂が他人からすればアホなこと、けれども自分にとっては大切なことへ思いを馳せている間、沙耶も色々と考えてくれていたようだ。

 答えがどうあれ、沙耶はやはり信頼できる幼なじみなのだから。


「——なんとも思ってなかったわ。けど、茂が戻ってきた理由に関わってるせいで、嫌いになったかもしれない」


「なんだよ、それ。嫌いになるにしてもゲームしてからにしろよ。訳わかんねぇ理由で見限るなよ」


「ゲームしろって、エッチなやつじゃない」


「それでも泣けるシナリオなんだよ! アカデミー賞映画よりも感動するぞ。あ、そうだ! なんだったら家庭用ゲーム機に移植されたやつもあるから、それを貸すけど」


「キんモっ」


 心の底から気持ち悪いと思われたようだ。

 こっちは、お前のことを認めまくっているというのに。そんなことを露とも知らず、沙耶は足元の抱き枕カバーを冷めた目でみつめる。


「だいたい、このイラストもなによ」


「可愛いじゃねぇか」


 茂の即答に、沙耶は目を丸くした。


「はぁ? 可愛い? これが? 私には、そうは思えないわ——目が不自然に大きいところとか、あれよあれ。虫みたいね」


 虫。

 怒りが頂点に達すると、人は笑ってしまうらしい。だが、笑いながらでも怒鳴れる。


「いうにこと欠いて、てめぇ!」


 沙耶に怯んだ様子は全くなかった。真っ向から闘う姿勢を見せている。


「文句があるんなら、私の心が変わるようなことをいってみなさいよ」


「望むところだ。五分以内に、沙耶を神楽木鞘香ファンにしてみせる!」


   █████


 かごつきのママチャリを二人乗りして、茂と沙耶は学校にやってきた。


「チャリ任せたわよ。アンタのせいで、遅刻しそうになったんだからね!」


 校門を抜けたころ、背中越しに沙耶が叫んだ。直後に荷台が軽くなる。

 茂が振りかえったときには、ボサボサのポニーテールの沙耶が、校舎の中に入っていくところだった。

 校舎の壁に取り付けられている時計を見ると、始業ベルの十分前を指し示している。


「おかしい。沙耶に俺の嫁の素晴らしさをちょっとしか話せてねぇのに。なんで授業がはじまろうとしてんだ?」


 鞘香の素晴らしさは、五分あれば伝えられる。けれども、語りつくすならば、一晩では足りなかった。

 ちなみに、茂が熱く語るのに比例して、沙耶は鞘香のことが嫌いになったらしい。プライベートで嫌なことでもあったのかもしれないが、それを鞘香にぶつけるのは、違うと思うのだが。


 自転車置き場にママチャリを駐輪してから、茂は教室にむかう。

 道すがら、茂にきづいた奴らが、脅えた反応をみせた。

 都市伝説のことを思い出して、気が重くなる。噂を払拭するための打開策を考える必要があるだろう。とはいえ、いまは眠たくて頭が回らない。考えるのは、夢の中でやろう。でも、夢に鞘香が出てきたら、気持ちいいことをやろう。


 三年二組の教室に入る直前、茂は大きくあくびをした。夜通し大好きな鞘香について熱弁したことで、おもいのほか体力を消費しているようだ。


「おい、待てよ」


「なんだ、小松か」


 廊下に出ていた小松は、どこかやつれて見えた。茂の家からの帰り道、近所の中学生にいじめられたのかもしれない。

 小松をみつめている茂の耳に、遠巻きで騒いでいる男子生徒たちの声が聞こえた。


「あれが、『熱死威』と『畏獲帝』を震え上がらせたにらみか。普通にこわいぞ」


 どうやら、自覚なしに茂の目つきは鋭くなっていたようだ。これもきっと、寝不足の影響だろう。


「で、どうしたんだよ。用事があって呼び止めたんじゃねぇのか?」


 茂がたずねても、小松の口は真一文字に閉じたままだ。まわりの連中の声が、いやでも耳に入ってくる。


「小松のやつ死ぬ気か? そこまでしてカッコつけたいのか」


 それにしても、小松への評価がいつも低すぎる。都市伝説の影響でおそれられている男に話しかけているのだから、なめてやるのも可哀想だろう。


「なんかわかんねぇけど。喋らないんだったら行くぞ。俺は猛烈に眠たいんでな」


 手をひらひらと振って、茂は教室にむかう。


「昨日の夜——」


 緩慢な動きで、茂は振りかえる。不幸話を語るように、深刻な顔で小松は続ける。


「——偶然だけど、前嶋さんがおまえの部屋に戻っていくのを目撃したんだけど」


「いっとくけど、俺の部屋は五階だぞ。偶然なんの用があったんだよ」


「僕は耳を疑ったぜ」


「あ、無視すんだ。てかさ、目撃したんだったら目を疑うっていうんじゃねぇか?」


「いや、耳だね。だって前嶋さんが部屋に入って一分もしないうちに、あんな喘ぎ声を出していたんだからさ」


「おまえ、そうとう気持ち悪いな。どんだけ俺の部屋に近づいてたんだよ」


「ただ、聞き間違いの可能性もあるよな」


「そうだ、そうだ。おまえの勘違いだ。あれは別に沙耶じゃないからな」


 あくびをしながら、茂は事実を述べる。喘ぎ声を出していたのは、鞘香なのだ。

 沙耶が机に伏せて眠っていなければ、一緒に弁解してもらうのに。あいつだけ眠ってずるいぞ。


「こっちに顔みせろよ。そんな言葉で、僕が納得すると思ってるのかい? 今朝おまえらが、同じ部屋から徹夜明けの顔で出てきたのを僕は見てしまったからね」


 面倒になってきた。だいたい、何時間こいつは人の家を見張っていたのか。気持ち悪いにもほどがある。


「ああ、おまえが見たのは間違いなく俺と沙耶だよ。でも、なにもなかった。俺たちはただの幼なじみだからな。それで納得しろって」


 こいつに解放されて、早く眠りたい。その思いから、茂はあとのことを考えずに事実だけを伝える。

 小松の整えるのに失敗した眉毛が、情けなく歪んだ。


「ぼ、僕は高校に入ってから、ずっと前嶋さんを狙ってたんだよ。だから、本当にただの幼なじみなんだったら、もう前嶋さんに関わるのはやめてくれないか」


 丸二年間もあって、沙耶を口説けていないらしい。それはもう脈がないからあきらめたほうがいいだろう。そもそも見た目から判断して、小松は沙耶が嫌いそうなタイプだ。だいたい昨日だって茂の部屋で全く相手にされていなかったではないか。


「不満そうなツラだな——そうだ。手を引くんだったら僕が女を紹介してやるよ」


 さすがにこれは、不愉快だ。小松がどれだけの女を抱いてきたか知らない。ただ、そいつらカス女どもよりも、価値のある存在を茂は知っている。

 鞘香でのオナニーは、セックスをこえますから。


「おまえに女を紹介されるまでもねぇよ。悪いが、俺には結婚相手がいるんでな」


「自己紹介のときにもいってたな。まさかとは思うが、それは前嶋さんのことか!」


 小松のテンションは上がっている。自覚していないのか、声が大きい。

 辺りを見回せば、ことの顛末を楽しむような連中がいた。廊下や教室に、観客はたくさんいる。野次馬の中には、自分と沙耶を交互に見比べている者もいる。

 異常な空気を肌で感じ取ったのか、沙耶がついに目覚めた。彼女はいぶかしげな顔で、茂のほうを見る。

 いい加減にしてほしい。

 沙耶と結婚するわけがないだろう。本当にただの幼なじみだ。仲のいい異性の友達だ。

 そう思ってしまう根底には、明確な理由が存在している。

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