04 大悪司の主人公の紹介ですか?
茂の間抜けなつぶやきは、歩いて下校している男子二人組みに聞かれてしまった。
ノッポの男子が、歩きながらチビにいう。
「おい、なんかひとりごといってる怪しいヒゲがいるぞ」
「バカか、声が大きいぞ。あいつだぞ、後藤って」
チビが目を血走らせて注意する。失言にきづいたノッポの顔から血の気が引いていく。白い絵の具を垂らされたバケツの中の水のように、鼻の先から広がるように顔色が白くなっていった。
「マ、マ、マジで? オレまだチュウもしたことないのに死にたくねぇよ。生きたいっ!」
「すぐに逃げたら大丈夫だって。多分、喋ってたのも萌えおこしへの怒りだろうから――ゴー!」
「逃げろ! ゴーゴー!」
世界陸上の織田裕二が興奮しそうな勢いで、二人は競い合うように逃げていった。
「ちがうってのに。なんだよ、あいつらは」
勘違いも甚だしい。
萌えを使った町おこしに怒りがあるはずもない。
むしろ、素晴らしいものだと思っているから、九登に戻ってきたのだ。
茂はエロゲーのヒロイン神楽木鞘香と結婚する予定である。
どんなゲームファンよりも真剣に、本気で鞘香を愛している自信がある。
他のファンで引越しまでしてきた奴がいるだろうか。仮にいたとして、ゲームのモデルとなった高校に通っている男がいるのか。いるなら出てこい。ぶっ殺してでも、後藤茂一人の偉業としてやるぜ。
なんにせよ、九登に戻ってくれば、鞘香ファンとして優越感にひたれるだろうと予想できていた。
そしてもうひとつ、この町に住む茂と同年代の連中の反応も想定の範囲内だった。
この町の若者たちは、茂のことをおそれていて、そのうえ嫌っている。
茂は中学二年のときに九登を離れて都会に引越した。
その際に、都市伝説を残していったらしいのだ。
伝説のはじまりは、学校のヤンキーを面とむかって片っ端からバカにしていったことだ。
九登には二度と戻ってこないと開き直ったとはいえ、自由に行動しすぎた。若かりし中学生時代が、高校時代の首を絞めるなんてヒゲ一本分も思っていなかったのだ。
調子に乗った結果、巨大ヤンキー組織【
三分後には、指定された時間には引越した後というのにきづき、無視しても問題ないと結論づけた。
でも、無視しなかったから、都市伝説がうまれたのである。
時を同じくして、茂は巨大ヤンキー組織【
その後、二つの組織がどうなったのかは、茂が引っ越して最初のバレンタインデーに知ることになる。チョコと一緒に手紙が届いたわけではない。沙耶に送った年賀状の返事が、忘れた頃に届いただけだ。
年賀ハガキではなく、普通のハガキに書かれた筆不精からのメッセージは、衝撃的だったので鮮明に思い出せる。
『そろそろ、バレンタインの時期だけど、あけましておめでとう。
そういやね。熱死威と畏獲帝、二つの組織を茂が壊滅させたってことになってるよ。
それが都市伝説みたいに語られるようになって、いっぱい尾ヒレがついてね。暴力、恐喝、強姦、拷問などあらゆる悪いことをしてたから、茂は九登を去るしかなかったって話になってる』
そんな【
とはいえ優等生でもないため、18禁ゲームを平気で購入するし、酒も煙草も経験がある。それでも最低限の倫理観は持っているつもりだ。自分が悪いことをしたと思ったら、罪悪感を覚える程度には、まっとうだ。
茂と沙耶が年賀状のやりとりをしたのは、その年が最後だった。住所を把握しあっていても、年賀状よりもハードルが高い近況報告の手紙のやりとりなんかするはずもない。
そんな繋がりがなくても、沙耶との関係には一切の変化がなかったのは嬉しい限りだ。
まるで、転校せずにずっと同じ町で暮らしていたと錯覚させるほどの距離感で接してくれた。
いまだって、掲示板のポスターの前で突っ立っている茂の腕を、いきなり引っ張っていく。
「なんだなんだ? 赤いポニーテール揺らしながら、どこに連れてくつもりだよ? 熱死威と畏獲帝の残党に、俺の身柄を引き渡すつもりじゃねぇだろうな?」
「その二つの組織は、残党がいないほど完膚なきまでにアンタが壊滅させたんでしょ?」
「だから、俺は抗争のキッカケを与えただけであって、直接手を下したわけじゃねぇし」
「それ、私ぐらいしか信じてないわよ」
転校の挨拶のときを思い出してみても、沙耶のいうとおりなのだろう。
「みんな、俺が全員ボコボコにして町を去ったと思ってるのか?」
「そうみたいよ。なんで、そんなの信じるのか私にはわかんないんだけどね」
哀れむような目になった沙耶だけは、茂がクソ雑魚だと知っている。
「てかよ、俺ってこのままだとこわい連中に狙われるんじゃないか?」
「名を上げるために襲われるんじゃないかって不安なんだ? でも、ヤンキーってヤクザ襲ったりしないから、大丈夫じゃない?」
「誰がヤクザだ。わかめ組に興味はあるけど、構成員になったことはないぞ」
「わかめ組ってなによ? 嘘つくなら、真実を混ぜなさい。うちの県内で有名なヤクザは
エロゲーの【大悪司】をプレイしたことがないという意味で口走った茂の言葉なんて、沙耶が理解するはずがなかった。沙耶はマジレスをしてくれたのだが、巖田屋会という名前は明日を待たずに忘れている自信がある。
超能力疾患のシーンは、些細な部分でも覚えているというのに。
「しかし困ったな。このままだと新しいダチができねぇよな」
ゲーム内で鞘香が「引越ししてきてすぐに、友達ができるあなたがうらやましい」と主人公にぼやくシーンがあるのだ。鞘香に羨望の目でみつめられるためには、茂の伝説が嘘だとみんなに知ってもらう必要がある。
「効果があるかはわからないけど、私から真実を伝えていってあげようか?」
「さすが、沙耶。ナイスな提案をしてくれるな。ぶっちゃけ、そういうことでいま頼れるのは、おまえしかいないからさ」
はにかむように笑いながら、沙耶は茂の腕を今まで以上に力強く引き寄せる。
「それをいうなら、私も同じなんだけどな。いまの私を助けられるのは、茂ぐらいしかいないのよね」
「はぁ? どういうことだよ?」
問いかけながら、茂は沙耶から解放されるべく腕をふる。が、しっかりとしがみかれていて、うまくいかなかった。
「抵抗するな茂。説明するから歩いてくれる?」
「あ。はい。わかりました」
ただごとではない沙耶の雰囲気に、思わず茂は敬語になってしまう。
「実はいまね、面倒な奴につけられてて」
「ん?」
なにも考えずに振りむこうとした茂の頬に衝撃が走る。後ろを向くよりもはやく、沙耶にビンタされてしまった。
「前みてて。たぶんもう、すぐ後ろまできてるから」
「先に口で言え。痛ぇだろうが」
「ああ、ごめん、ごめん——で、足止まってるから、さっさと歩いてよ」
「だから痛いんだって。殴らなきゃいいって訳じゃねぇからな。腕に関節技きめようとしてない?」
「してないわよ。それいうなら、さっきからずっと肘でぐりぐりしてるの見逃してるんだからね」
「不可抗力だろうが。いっちょ前に数年で成長してんじゃねぇよ」
「前嶋沙耶の胸を堪能させていただいたので、後藤茂はあいつと二人きりになるのを阻止します。って誓ってもらいたいところなんだけど?」
「あいつがどいつかまだ知らんけど、二人きりってどういうことだよ? 別にデートの約束してる訳じゃねぇんだろ。無視して帰ればいいだけじゃねぇのか」
「——いや、それがね。面倒なことになってるのよ」
「え? デートの約束した相手が、追いかけてきてんのか? どんな奴かきになるんだけど?」
「だから、振りむこうとするなって!」
望み通り腕を解放されたと思ったら、茂は腰の入ったパンチを腹に叩き込まれた。糸みたいなよだれが口からたれる。
「このパンチ力があれば、たいがいの奴は武力行使で追い払えるから、俺は帰っていいだろ」
「だめ、帰んないで。あと、勘違いもしないで――しょうがなかっただけなんだから。あいつが私の後輩にちょっかい出そうとしてたみたいで。手を引かせる流れで、一回ご飯に行くって約束しちゃったの」
「なるほど。おまえが後輩のためになにかをするとはな。クラスでも沙耶ちゃんって呼ばれて慕われてるし、成長したんだな」
「変わったのは、私だけじゃないでしょ」
茂が自慢げにあごヒゲをアピールすると、沙耶が一瞬で数本のヒゲを抜いていく。
「痛いことばっかりやめて」
「いや、白髪が混じってたから」
「白髪なんてねぇよ。こちとら、誕生日がまだで一七歳なんだぞ」
「でも、一八歳になったら結婚するんでしょ?」
どうやら、沙耶からみた茂の変わったところというのは、ヒゲだけではないようだ。
「結婚しに戻ってきたってのが、私の中じゃダントツで意外だったんだから。茂って、そういうの疎いと思ってたから」
「沙耶には、ちゃんと紹介してやるから」
「紹介しなくていいから。別にききたくないし。てか、あんまり調子に乗ってると殺すわよ」
「ドスの聞いた声で、物騒なこというなよ。おまえだって、男にモテてんだろ? 幼なじみとして、俺は祝福してもいいと思ってるのにさ。沙耶も俺と嫁のことを——って、また痛いっ」
沙耶に思い切り足を踏みつけられる。思わず男子高校生が体を仰け反らせるほどに、体重をかけられた。
「さっきからいってるでしょ。私は別に、あんな奴にモテたくないんだって。だいたい、小松なんかにいいよられて、喜べる訳ないでしょ?」
「小松? 小松って、あの小松か?」
ぽっちゃり体型の牛乳瓶の底みたいな眼鏡をかけた中学生が、頭の中に浮かんだ。髪が短いのに毛がぐねっているのも特徴的だ。
懐かしい名前をきいて、久しぶりに顔が見たくなる。振り返ろうとしたら、案の定ぶん殴られたので、拳の軌道と同じ方向に身体ごと回転させる。ダメージ軽減と同時に、振り返って小松の姿を確認する。
「え? 誰だ?」
金髪チャラ男が、微妙な笑顔を浮かべて歩いていた。茂と沙耶の会話が聞こえそうなぐらいの近い距離だ。
茂は失礼だとは思ったが、金髪を指さしてしまう。
「待て待て待て。俺が知ってる小松っていったら、眼鏡のチビだったと思うんだけど」
「眼鏡のチビって——うん、うん。そういやそうだった。ははは、なんか懐かしいわ、それ。思い出したら、おかしくなってきた。はははははは」
茂の言葉がツボに入ったのか、沙耶が腹をかかえて笑いはじめる。耳まで真っ赤になって笑いだしたら、沙耶は元に戻るまで時間がかかる。そういうのは変わっていないようだ。
「笑わないでほしいね。だいたい、そりゃ何年前の話をしてるんだい」
小松は口の端をつりあげて、余裕の表情をみせる。それがカッコいいと思っているのか、喋りながら腰に手を当てていた。
声は間違いなく小松のものだったし、どことなくダサさが漂うポーズもあいまって、茂は納得する。
「ああ、なるほど。つまり高校デビューしたのか。うんこしてる時に水をかけられても笑ってたブリーフの男だったのになぁ」
「喧嘩売ってるのかな、それは?」
「思い出話をしてるだけだろ。なんにせよ元気そうでよかったよ」
それにしても、小松はずいぶんと変わってしまった。髑髏のネックレスをつけ、耳にピアスを開け、小便のように黄色い頭になっている。どれもこれも、決して憧れを抱くような変化ではない。それが旧友としては残念でならなかった。
「おまえ、もう少しいろいろと外見について勉強したほうが良かったんじゃねぇか?」
「うるさいよ、その同情の目がムカつくし」
文句ありげな表情で小松がにらんでくる。
げらげらと笑っていた沙耶が、目元をこすって息を整え終えた。
「あー面白い——てか、小松。アンタは喧嘩売るより先に、茂にお礼いわなきゃいけないはずでしょ」
「はぁ? なんで僕が?」
「そっか。よくよく思い出せば、小松をいじめてたのって、畏獲帝の連中だったもんな——よし。なら、崇めながらお礼をいってくれ」
茂の横柄な態度が気に入らなかったのか、小松は舌打ちをしてそっぽを向く。
「やだね。だいたい前嶋さんは誤解してるよ。あれは、僕がヤンキー共と遊んでやってただけじゃないか」
「遊んでって、どっからどうみても、いじめられてたでしょうに」
「そんなことはないね。わざわざパンを買いに行ってやってたのは、あいつらの分を買うことで応募シールを集めて食器をもらいたかっただけだから」
「ものはいいようね。一般的に、それはパシリっていうのよ」
沙耶は呆れた様子で額に手をおいた。
「そんなことよりも前嶋さん。今日の食事をする店を決めようよ」
「なんだコイツ、無理やり話を変えようとしてるぞ。せっかくだから、昔話に花を咲かせようぜ」
「こう見えて僕は、オシャレなバーに顔が利くんだ。でも、やっぱり居酒屋とかのほうが気楽でいいのかな?」
「どこでもいいけど、アンタが無視きめこんでる茂も一緒でいいかな?」
小松の表情が曇る。見た目が金髪のチャラ男になっていても、情けないときの顔には、昔の面影があった。
「——なんで、後藤と一緒?」
「いやなら別にいいよ。その代わり、もう二度とチャンスはないからね。だって、私との食事をいやがったアンタに傷つけられた心では、二度と食事になんていけないと思うから」
無理やりな理屈だが、沙耶のペースだ。感心するのが先で、茂が巻き込まれているときづいたのは、小松が「それでいい」と答えてからだった。
否定するタイミングを逃したこともあり、茂は妥協点を探す。
「あのさ。俺あんまり金かけたくないから、場所の指定してもいいか?」
「安くていい店なんだろうな?」
「店じゃなくて、俺の部屋で飲むのはどうだって提案なんだけど」
「茂の家? さすがに、おじさんやおばさんに迷惑でしょ」
「あれ? いってなかったっけ。俺、一人でこっちに越してきたんだよ。ほら、昔は田んぼだったところに、六階建てのマンションできてるだろ。エレベーターつきのところだよ」
「いや、場所とかは、どうでもいいけど。ホントに一人暮らしなの?」
驚いた沙耶の横で、小松は意味深にうなずいた。
「なるほど。結婚するために親の反対を押し切ってやってきたんだよね。親がいたら結婚相手を連れ込みにくいもんね」
小松に勝手な解釈をされてしまう。
沙耶の刺すような視線にきづき、茂は慌てた。
「おい、黙れション便頭。てめぇが調子に乗ったせいで、俺が殺されるかもしれねぇだろ」
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