ピミイの放浪記
ほねなぴ
始まり
火の匂いが森を満たしていた。
いつもの眠りから目を覚ましたとき、空気は熱を帯び、どこか焦げくさい。枝から枝へと登って、いつもの木の葉を探したが、手にした葉は乾ききって茶色に縮れていた。
ポミイは、耳をぴくりと動かす。遠くでパチパチと爆ぜる音。風に混じって、煙が流れてくる。
森が燃えていた。
木の間を伝い、必死に高いところへ逃げる。だが、枝の先にはもう炎が伸びている。熱気で鼻先が焼けつき、目に涙がにじむ。ポミイは立ち止まった。
そのときだった。
ふらりと二本足で立ち上がる。普段なら木にしがみついて眠っているのに、今日は違う。そうするしかなかった。炎に背を押されるように、森の外へ。
――初めての人間の道に足を踏み入れる。
街は夜だった。
炎よりもまぶしい光が、無数に点々と浮かんでいる。ネオンの看板、赤や青の信号、車のランプ。目を細めて立ち止まるポミイを、何人かが振り返る。
「着ぐるみ?」
そんな声が飛んだ。
だが、誰も深く気にしない。酔っぱらった若者が笑いながらスマートフォンを向け、シャッターを切る。子どもは指を差して笑い、母親は小走りにその手を引っ張っていった。
ポミイは、何も言わない。ただ目をぱちぱちさせながら、通りを歩いていく。
アスファルトは固く、足の裏にまだ慣れない。街の匂いは強すぎて、鼻がむずむずする。けれども、森の煙よりはずっとましだった。
やがて、パンの匂いがした。
道端の小さなベーカリー。店の奥では、人間が粉をこね、窯に生地を入れている。甘い香りが鼻先をくすぐる。ポミイの胃が、きゅるりと鳴った。
店の隅に置かれたごみ箱。その袋の中に、半分だけ残ったクロワッサンがあった。
ポミイはしゃがみ込み、そっと拾い上げる。少し冷えてはいたが、森では決して味わえなかった匂いと甘さ。口いっぱいに頬張りながら、目を細めた。
ふと、ショーウィンドウに映る自分の姿を見る。
二本足で立ち、クロワッサンを食べる自分。街の灯りに照らされ、まるでぬいぐるみのように浮かび上がっていた。
ポミイは、パンの匂いに導かれて、夜を明かした。
森に帰る場所はもうない。けれども、行く先はまだどこにでもある。
そうして――コアラの放浪は、静かに始まった。
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