1日目 パン屋

 朝になれば、店の裏口から人間が出てきて、大きな木箱を運んでいる。粉の袋も、重たいバターの箱も、次々と並べられる。


 店主らしき男が、ふとピミイを見た。

 無言のまま立ち尽くすピミイを、「新しいバイトの子か?」とでも勘違いしたのだろうか。

 男は大きくうなずいて、手招きした。

 ピミイは首をかしげつつも、近寄る。

 すると、粉の袋を指差される。――持て、ということらしい。

 ピミイは二本足でふらりと立ち、袋を抱き上げた。意外にも力はある。木の上で暮らしてきた体は、筋肉でぎゅっと詰まっているのだ。

 

男は目を丸くしたが、やがて笑って「助かるよ」と言った。もちろん

 それからポミイは、自然とパン屋の手伝いを始めた。

 粉をこぼして真っ白になったり、バターをつまみ食いして怒られたり。

 それでも、こねる動作だけは妙に上手だった。両手で押して、丸めて、また押して。

 木登りのときに掴んでいた幹の感触と似ているのかもしれない。


 やがて店内に、香ばしい匂いが広がった。

 窯から取り出されたばかりの丸いパン。

 ポミイはつい手を伸ばし、あつあつのそれを抱きしめてしまった。両手でぎゅっと。

「おいおい、潰れるぞ!」

 店主は慌てて取り上げ、代わりに端っこの小さなパンを差し出す。

 ピミイはぱちぱちと瞬きをして、それをかじった。サクッとした外、ふんわりした中身。

 思わず耳がぴくぴく動いた。

 

昼になると、客が並び始めた。

 ガラスケースに並ぶパンを指差す子ども。お釣りを受け取る老人。

 ピミイは裏方で、ひたすらトレイを運んだ。ときどき客と目が合っても、誰も本物のコアラだとは思わない。

 「可愛いマスコットだね」と笑う人もいた。


 夕方。パンがほとんど売れきれたころ。

 店主はポミイの肩をぽんと叩いた。

 そして小さな紙袋を手渡した。中には、余ったクロワッサンが二つ入っている。

 ピミイは袋を抱えて、ぺこりと頭を下げた。

 言葉はなくても、その仕草に十分な感謝が込められていた。

 夜の街へ出る。灯りがまたひとつ、ポミイを照らす。


 クロワッサンを胸に抱えながら、次の街へと歩き出した。

 

放浪の道は、まだ始まったばかりだ

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