EP 38
夜明けのエール
ゲドン男爵の屋敷から脱出した四人は、夜明け前の薄闇の中を、エターナルへとひた走っていた。背後からは追っ手の松明の灯りが迫っていたが、彼らの足取りに迷いはなかった。ヴォルフが選んだ、誰にも知られていない獣道が、彼らを安全な場所へと導いていく。
やがて、エターナルの城壁が見えてきた頃、追っ手の気配は完全に消え失せていた。
「……やったんだな、俺たち」
ヴォルフが、ぜえぜえと息を切らしながら、しかし満足げに呟いた。
「ええ! あのブタ男爵の、最後の情けない顔ったら!」
「これで、お父さんたちも安心してくれるわ……」
エリーナとモウラも、互いの顔を見合わせて、安堵と喜びの笑みを浮かべる。
そして、三人の視線は、静かに仲間たちを見守るリーダー、優斗へと集まった。
「ありがとう、優斗」
モウラが、心からの感謝を込めて言った。
「あなたが来てくれなかったら、私は今頃……。あなたが、私に戦う勇気をくれたの」
「私もよ! あなたに出会わなければ、私の技術はただの自己満足で終わってたかもしれない。人の役に立つ喜びを、あなたが教えてくれたわ!」
二人のヒロインの言葉に、優斗は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「俺だけの力じゃないさ。ヴォルフの情報と決断力がなければ、この作戦は成り立たなかった」
「……へっ、柄にもねぇこと言うなよ」
ヴォルフはそっぽを向きながらも、その口元は確かに笑っていた。
数日後。
エターナルの商業ギルドを通じて、優斗たちが掴んだゲドン男爵の悪事の証拠は、ガルーダ獣人国の王家へと届けられた。
その結果は、あまりにも劇的だった。
男爵位は剥奪、財産は全て没収。ゲドンは、自身が虐げてきた者たちと同じ、奴隷鉱山へと送られたという。彼に連れ去られていた娘たちも、無事に家族の元へと帰された。
役人デブーンも失脚し、ワギュウの里に課せられていた不当な税は、完全に撤廃された。
その知らせを持って、優斗たちは、再びワギュウの里の土を踏んだ。
「「「おおおおおぉぉぉぉ!!」」」
里の獣人たちは、英雄の凱旋を、最大級の歓声で迎えた。
「モウラ! よくぞ、無事で……!」
ワイルドは、娘を力いっぱい抱きしめ、その目には大粒の涙が光っていた。
「優斗先生……いや、優斗殿。このご恩は、ワギュウの里、末代まで忘れませぬぞ」
ワンダフ長老が、深々と頭を下げる。
その夜、里では盛大な祝宴が開かれた。優斗の作るよもぎ餅と、里の獣人たちが獲ってきた最高の獲物が並び、誰もが笑い、歌い、踊った。
宴の中心で、優斗は仲間たちの笑顔に囲まれていた。
強くて心優しいモウラ。
天才でドジなエリーナ。
クールで仲間思いのヴォルフ。
この世界に来て、彼は最高の仲間(かぞく)を得た。
「なあ、優斗」
ヴォルフが、エールを片手に尋ねる。
「これから、どうするんだ? お前のその力があれば、この国で王様にだってなれるぜ?」
その問いに、優斗は夜空を見上げ、穏やかに微笑んだ。
「さあな。でも、王様なんて柄じゃないよ。俺は、ただ……」
彼は、楽しそうに笑う仲間たちの顔を見回す。
「困っている人がいたら、この手で癒してあげて。お腹が空いている子がいたら、美味しいものを作ってあげて。そして、この最高の仲間たちと一緒に、まだ見たことのない世界を旅してみたいな」
それは、かつての引きこもりニートが、この広大な異世界で見つけた、ささやかで、しかし何よりも尊い夢だった。
彼の新たな人生の旅は、まだ始まったばかりだ。
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