EP 19

黒い豚の要求

寺子屋での穏やかな日々が続いていたある日、ワギュウの里に一台の豪華な馬車が乗り付けた。馬車から降りてきたのは、派手な役人服に身を包んだ、見るからに肥え太った豚耳族の男だった。その顔には、いやらしい笑みが貼り付いている。

男の姿を認めた瞬間、ワイルドの表情が険しくなった。

「優斗、エリーナ! お前たちは家の奥に隠れていろ!」

「え? どうしたんですか、ワイルドさん?」

「いいから言うことを聞け! あれは、ガルーダ獣人国の中でも一際、性根の腐った輩だからよ!」

ただならぬ雰囲気を感じ取り、優斗とエリーナは顔を見合わせると、静かにワイルドの家の物陰へと身を隠した。

「長老ワンダフはおるか! 役人であるデブーン様のお成りであるぞ!」

豚耳の役人、デブーンは、ふんぞり返って横柄に叫んだ。ワンダフが、静かに彼を迎える。

「はい、お役人様。ようこそお越しくださいました。して、本日は如何なさいましたか?」

「とぼけるな! 此度の税収は、金貨2000枚だったはずだ! なのに、貴様らが納めたのは金貨1800枚! 200枚も足りんではないか! お上を愚弄する気か!」

デブーンの甲高い声が、里中に響き渡る。

「申し訳ございません。生憎、長雨の影響で思うように作物が育ちませんで……無い物は無いのです。先だって見えられたお役人様には、その旨をご理解いただいた筈ですが」

「ならぬ! 言い訳は聞かん! 金貨を用意できぬのであれば、人で支払ってもらおうか!」

「……人、ですと?」

ワンダフの表情が、わずかに曇る。デブーンは、その口をいやらしく歪めた。

「この里には、モウラとかいう器量の良い娘がおっただろう! アレを差し出せ! そうすれば、今回の税は不問としてやろう!」

その言葉が響いた瞬間、物陰で聞き耳を立てていたワイルドが、猛牛の如き勢いで飛び出した。

「なんだと……? てめぇ、今なんつった。ワシの娘を、物みてぇに扱いやがったな!?」

「ひっ!? な、何をするつもりか! 私は役人であるぞ!」

「こ、これワイルド! 早まるでない、やめんか!」

ワンダフが必死にワイルドを羽交い絞めにするが、怒りに震える巨体は今にもその拘束を振りほどきそうだ。ワンダフは、デブーンを睨みつけながら言った。

「お役人様! どうか、しばし時間をくださいませ! このままでは、私ではワイルドの手綱が、いつ離れてしまうやも分かりませぬぞ!」

その言葉は、懇願であり、そして脅迫だった。ワイルドの殺気に顔面蒼白になったデブーンは、震える声で叫ぶ。

「ふ、ふん! わ、分かった! 良いだろう、一週間だけ待ってやる! それまでに金貨か娘を用意しろ!」

デブーンはそう言い捨てると、転がるように馬車に乗り込み、慌ただしく去っていった。

「ふざけんじゃねぇぞ! あのクソ豚があああ!」

ワイルドの怒りの咆哮が、静まり返った里に響き渡る。ワンダフは、苦々しい表情で遠ざかる馬車を見つめながら、呟いた。

「どうやら……王都のどこぞの貴族が、モウラの噂を聞きつけて、手籠めにしようと仕組んだようじゃな。税の不足は、そのための口実に過ぎん……」

それは、ワギュウの里が、個人の力ではどうにもならない、国家の汚れた権力に狙われたことを意味していた。

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