EP 17
寺子屋はじめました
優斗がワギュウの里にもたらしたものは、施療と美味しいおやつだけではなかった。それは、彼が何気なく披露した一つの特技から始まった。
きっかけは、数日前に里を訪れた人間の交易商と、獣人の一人が毛皮の取引をしていた時のことだ。複雑な枚数と単価の計算に、獣人は指を折りながら唸り、交易商はそれを良いことに少しごまかそうとしていた。その横を通りかかった優斗が、暗算で瞬時に正しい合計額と釣り銭を言い当てたのだ。
その一件は、長老ワンダフの耳にも入った。「力」だけでなく「知恵」の重要性を痛感した彼は、優斗に里の子供たちへの教育を頼み込んだのである。
こうして、優斗の青空教室、さながら「ワギュウ寺子屋」が始まった。
「うん、だから9×9(クク)は81。このリンゴ81個を、9人で分けるのが割り算。一人あたり9個になる。分かるかな?」
優斗は地面に木の枝で数式を書きながら、根気よく説明する。子供たちは初めて触れる学問に、目を輝かせながらも頭を悩ませていた。
「そっか〜! なんとなく分かった! ありがとう先生!」
一人の子供が元気よく返事をすると、優斗はにっこりと微笑んだ。
その様子を、少し離れた場所で発明品の調整をしていたエリーナが眺めていた。
「この里は、四則計算もできない子供たちが沢山いるのね。これじゃあ、いつか悪い人間に騙されてしまうわ」
彼女らしい、冷静な分析だった。その声に、優斗が振り返る。
「ああ、そうだ。エリーナ、ちょっと頼みがあるんだけど」
「なあに?」
「“算盤(そろばん)”を作ってくれないかな。珠を弾いて、計算を助ける道具なんだ」
優斗は地面に、そろばんの簡単な構造図を描いてみせる。魔法も魔力も使わない、純粋なからくりだけの計算機。その合理的な構造を見たエリー
ナの目が、カッと見開かれた。
「……なるほど。なんて独創的で、なんて単純(シンプル)な構造なの! これなら魔力のない子供でも、視覚的に計算を覚えられるわね……!」
魔工技士の血が騒ぐ、といった様子で、エリーナは興奮気味に頷いた。
「良いわよ、任せて! 素材は……硬くて滑りの良い木材が必要ね。設計図は私が引くわ。これがあれば、少しは子供達の計算能力もマシになるでしょうね!」
ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、その顔は「人々の役に立つ発明」ができる喜びに満ちていた。
優斗の現代知識と、エリーナの魔工技術。二つの世界の知恵が合わさり、ワギュウの里の未来を照らす、新たな光が生まれようとしていた。
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