EP 4

石の花と、父親の弱点

モウラの優しい声と、差し出された水のおかげで、優斗はようやく落ち着きを取り戻していた。ワイルドの家の中心にある暖炉の火が、パチパチと音を立てて三人を照らしている。

「しかし、お前ぇ……一体どこから来たんだ? その妙な格好といい、見たこともねぇ生地だ」

ワイルドが、値踏みするような鋭い目で優斗を睨みながら尋ねた。彼の言う通り、優斗の着ているジーパンとTシャツは、革や麻が中心のこの世界ではあまりにも異質だった。

「そうね。帝国の都でも、こんな服は見たことがないわ」

モウラも不思議そうに首をかしげる。

二人の真剣な眼差しに、優斗は意を決して口を開いた。

「えっと……信じてもらえないかもしれないですけど、俺は別の世界から来て……その、女神様にスキルを貰って、ここに……」

「スキルだと?」

優斗の言葉を遮り、ワイルドが鼻で笑った。

「嘘をつくんじゃねぇ、人間! スキルなんてもんは、英雄や勇者と呼ばれるような、一握りの傑物だけが持つ特別な力だ! お前みてぇなひょろひょろの若造が持ってるもんか!」

ワイルドの怒声が、家の中に響き渡る。その剣幕に再び身を縮める優斗を、モウラがかばうように前に立った。

「もう、お父さんは黙ってて! 私は信じるわ! ねぇ優斗さん、見てみたいな、あなたのスキル!」

キラキラと期待に満ちた瞳で見つめられ、優斗は断れなかった。それに、ここで証明できなければ、この疑り深い獣人の父親に何をされるか分からない。

「えっと……じゃあ、少しだけ」

優斗は家の外に出て、足元から手頃な石ころを一つ拾い上げた。これが、鹿を助けて得た、けして安くない100ポイントの使い道になる。

(腹の足しになるパンか、あるいは……)

一瞬迷ったが、優斗は目の前の優しい少女の顔を思い浮かべた。彼女の優しさへの、ささやかな返礼をしよう。

「石よ、花になれ――《物質変換》」

優斗が強く念じると、その手の中の石が淡い光を放ち始めた。硬い石が砂のようにさらさらと崩れ、その光の中心から、みるみるうちに緑の茎が伸び、赤い蕾が膨らんでいく。そして、ふわりと花弁が開き、一輪の鮮やかな赤い花が現れた。

「まぁ……綺麗……」

モウラが、うっとりと息を漏らす。それは、この森では見かけない、幾重にも花弁が重なった美しい花だった。

「あ、あの……どうぞ」

優斗は少し照れながら、その花をモウラに差し出した。

「ありがとう、優斗さん! すごく素敵! 大切にするわね!」

モウラは花を受け取ると、宝物のようにそっと胸に抱きしめ、満面の笑みを浮かべた。その笑顔に、優斗の心も温かくなる。

だが、その光景を見ていたワイルドは、再びフンと鼻を鳴らした。

「なんだ……石ころを花に変えるだけか。そんなもん、腹の足しにもならんわい」

そのあまりにも無粋な一言に、それまで上機嫌だったモウラの表情が、ぴしりと凍りついた。

「……もうっ! お父さんったら、だからデリカシーがないって言われるのよ! だから! お母さんにも逃げられたんじゃない!」

禁句だった。その言葉が放たれた瞬間、豪傑ワイルドの巨体がビクッと震え、その顔からサッと血の気が引いた。

「そ、そ、それを言うんじゃねぇ、モウラ……! あれは……その、父さんにも色々事情が……!」

さっきまでの威厳はどこへやら、娘の前でしどろもどろになるワイルドの姿に、優斗はあっけにとられるしかなかった。

どうやらこの強面の獣人にも、明確な弱点があるらしい。優斗は、ほんの少しだけ、この獣人の里で生きていけるかもしれない、と淡い希望を抱いたのだった。

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