届かぬ純愛(0:0:1)

所要時間 約10分


登場人物

僕:性別不問。「届かぬ狂愛」内の語り手である「私」に恋した同僚。

嗚呼、僕もそちら側なのに。


初めて自分の呼吸を支配するひとと

出逢えたのに。

暗い光が宿った瞳はキラキラしてて、

かつて正義側にいた僕は

きみの隣にいるのに相応しくなろうとした。


なのに

なんで

きみの中に僕は最初からいなかったの。

まだ正義を学んでいた昔。

独りで食事をしていた僕にきみは

「一緒に食べようよ」と誘ってくれた。

泥のように重たい水底から引き上げ、

僕に対して純粋無垢な笑顔を向ける。

そんなさまに


一瞬で心を奪われた。


光も音も届かない場所に沈んでいた僕を

きみは水面を覗き込んで

自分から見つけてくれた。


今すぐにでも抱きしめたくて

お盆を落としかけた僕に

またきみはクスリと微笑んだ。

こんな感情は、

自分でも初めてで、戸惑っていた。


刻が経ち

そう相談したら、きみは

一目惚れっていうやつだよと

教えてくれた。

ひとめぼれ。

その五文字を無言で反芻する僕に

今度はきみが戸惑う番だった。


嗚呼、そういうところも好きだ。

いろんな表情を見せてくれる。

独占したかったけど

それじゃあきみが悲しむから

僕は自分の中だけに押し留めた。


きみを見ないより

きみが楽しく笑ってくれる。

それだけで僕は

幸福だった。

幸福だった僕に

不幸が訪れた。

街中で紅に染まり、人間を喰らっていた

人でなし⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯

あいつとの出会いだった。

人で無しなのに、

無敵の人と呼ばれたあいつを見て。

きみは。


きみに煌めきを垣間見た昔の僕と

同じ眼差しを向けていた。

あの日と光景が重なる。


運命の人だとでもいうように。

信じたくなかった。

きみはあちら側なんだね。


そしてあろうことか、

見惚れて動かないきみを、

あいつは持っていた凶器で切りつけた。

野次馬の悲鳴が上がった。


助けに行きたいけど足が縫われたように

地面から離れない僕。

そんなところに、残酷が追加された。

切られたきみは、

僕に向けるよりもっと幸せそうな

狂った笑顔を浮かべていた。


しばらく痛みと愛を味わって

立ち上がったきみは

あいつに枷をかけた。

同じ人かと疑うほど冷たい顔で

あいつを見つめていたけど、

でも、きっと、本当は⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯

あいつが鉄の箱に入れられたときから

ずっと、きみの視線はあいつにしか

向いてなかった。

僕のものだったのに。

獲物を狙う猛禽類のように

あいつが根こそぎ掻っ攫っていった。


僕に対してもきみはちゃんと笑ってくれる。

けど、

どこか仮面を付けている気がして。

明るくて優しくて穏やかな声音は、

あいつが現れる前よりも

とびきり表に出していて、

現実味がなくて。


まるで、役者みたい。

設定された警察ものという舞台の上で、

完璧に演じてる……俳優。


でも。

まだ僕はきみを信じてた。

いや…「こうであってくれ」と

仕事帰りの夜空に瞬いた流れ星に、

歪んだ願い事をしていた。

きみは自分で自分を「怪物だ」って嗤うけど、

僕にはそんなのは

関係なかった。

僕の目には愛しいきみしか

映っていなかったのだから。


正義になろうとして正義に潰されたか、

それとも、最初から

正しさなんてどうでもよくて

自分と同じ異常者を見つけやすい

正義の味方を選んだのか。


どちらにせよ。

どちらじゃなくても、

きみはきみなだけで

僕にとってすべてなんだ。


けれど、見てしまったんだ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯

巡回していて、角を曲がった時に

橙色の廊下にぽつん、と

ひとりぼっちだったきみを。


時間が、止まったようだった。


瞳は陽の光を反射して輝いていて

檻に手を伸ばそうとしているのを。

視線の先にはあいつがいるのだろう。

絶対にそうだ。


真の意味できみを奪えない僕の胸に

痛みが走った。

あいつが床の上に立ったとき。

きみは乱れていた。

取り押さえられ叫んで泣いているきみが

最期まで想っていたのは

あいつだけだった。


きっときみは僕を憎んだ。

きみが望んで叶わなかったことを

容易く実行したのだから。


怒りに震えた。

きみの愛を独占したあいつに。

狂った愛をすべてあいつに捧げたきみに。

そして

それでもきみが大好きで

きみを嫌いになれない僕に。


どうしようもない。

どうしようもないけれど

邪魔だったあいつがいなくなった世界で

きみの隣にいられることが

嬉しかった。

幸せは、続かなかった。

いつか終わりを迎えるもの。


仕事を終え

きみと同じ家に帰ってくると、

部屋の中心で

僕が見たあいつよりも

ずっと幸せそうな表情を浮かべて

微笑んだきみが⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯


揺れていた。


「ようやくあなたと同じになれた」と

心の底から笑っている気がして。


信じたく、なかった。

END

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