第7話 オトウ・トリガー

 調子に乗っていた姫美と一戦して立場をわからせてやると、そろそろ選手たちがやってくる頃合いだった。

 俺たちはそれぞれの持ち場に戻り、店長は入り口で参加者を迎える受付係、俺はいつでも配信を始められるようパソコンの前でスタンバイ。

 そして姫美は……俺が持参したおやつの袋を開け、ポテチを頬張る『つまみ食い係』らしい。

 そういえば、一応、こいつはスタッフじゃなくて参加者か。


「ちわーっす! スパクラの大会ってここっすか?」


 勢いよく店のドアを開けて飛び込んできたのは、小学生と思しき五人組。

 その声に、店長の表情がふわりと綻ぶ。

 街中でよく見かける営業用のスマイルとは明らかに違う、人間味溢れる心からの微笑みだ。


「いらっしゃい! 大会が始まるまで、置いてあるプレッチは好きに使っていいからね」


 子供たちに向けるその眼差しは、慈愛に満ちていて聖母のようでもある。

 店長にとって、この店の主役はいつだって子供たちなのだろう。

 自分の仕事に誇りを持っているのがひしひしと伝わってくる。


「こんにちは、姫美ちゃん! それと、お兄さんも!」

「琴乃ちゃん?」


 少年たちの後に続いて現れたのは、姫美の友人である琴乃ちゃんだった。

 どういうことだと姫美に視線を送ると、彼女はぷいっと明後日の方向を向き、わざとらしく口笛を吹く真似をしている。

 間違いなくこいつの仕業だ。


「琴乃ちゃんもスパクラをやるのか?」

「いえ、今日は弟の付き添いです。私は難しいゲームは苦手なので……」

「ああ、そういうことか」


 ということは、さっきの五人組の中に彼女の弟がいるわけか。


「もしかして、モンモンを奪ったガキ大将も、あの中にいるのか?」

「……はい。一応、みんなゲーム仲間なので」


 琴乃ちゃんは少し気まずそうに頷いた。

 これはいい機会だ。ちょっと情報収集してみるか。


 俺の持論だが、モンモンのプレイングには驚くほどプレイヤーの人間性が出る。

 コツコツと安定行動でアドバンテージを積み重ねる堅実なタイプか。

 リスクを負ってでも一発逆転を狙うギャンブラーか。

 あるいは、相手の意表を突くこと自体に快感を覚えるトリックスターか。

 性格が違えば、試合の動かし方も自ずと変わってくる。

 事前調査は、勝負の世界の鉄則だ。


 俺は配信席を離れ、フリー対戦に興じる悪ガキたちの元へ静かに歩み寄った。


「おい、今のなし! ずりーぞ!」

「ばーか! おめーがよえーんだよ!」


 野次が飛び交う中、画面の中では一人の少年が蹂躙されていた。

 野球帽を被った小太りの少年が操作するドラゴンが、単調な突進技を繰り返す。

 対するおかっぱ頭の少年のホップくんは、それを捌ききれずに何度も吹っ飛ばされる。

 駆け引きも何もない、あまりに脳筋なプレイング。

 ホップくんはなすすべもなく蹂躙された。


「おい、宝莉、お前の番だぞ」


 。確か琴乃ちゃんの苗字だ。

 指名された少年は、おどおどとコントローラーを握りしめている。

 彼が弟くんだろう。


「あくしろよ。どうせ俺様の勝ちだけどな!」

「う、うん……」


 弟くんは完全に萎縮している。戦う前から、勝負を諦めている顔だ。

 彼が選んだのは、機械仕掛けの少女『マリアン』。

 ほう、俺の持ちキャラじゃないか。小学生にしては、なかなか見る目がある。


「いくぞ!」


 試合が始まり、またも同じ光景が繰り返される。

 ドラゴンが一直線に突進し、マリアンが抵抗もできずに吹っ飛ばされる。

 これではさっきの二の舞だ。見ているこっちが退屈してくる。

 仕方ない、少しだけ助言してやるか。


「ガードボタンを押してみな」

「え?」


 俺の声に、弟くんがびくりと肩を揺らす。

 しかし、彼は素直にそのボタンを押し込んだ。

 直後、マリアンの全身を真紅のシールドが包む。

 そこへ突っ込んできたドラゴンが——キンッ!——という甲高い音と共に弾かれ、無防備な隙を晒した。


「今だ! 必殺技を叩き込め!」

「う、うん!」


 倒れてもがくドラゴンに、弟くんはマリアンの必殺技をクリーンヒットさせた。


「よしっ!」


 盤面がひっくりがえり、弟くんからガッツポーズが飛び出した。


 『ガード』は初心者に軽視されがちだが、駆け引きをする時に重要なコマンドだ。

 押すと自分のキャラクターが動けなくなるので地味だが、一定のダメージとノックバックを無効化することによって、反撃のチャンスを作ってくれる。


 だが、もちろんボタン一つで無敵になってはつまらないので、このゲームには『つかみ』という第三の選択肢がある。

『攻撃』は『ガード』に無効化され、『ガード』は『つかみ』に突破され、『つかみ』は『攻撃』に圧倒される。

 要するに、じゃんけんのような三すくみになっているのだ。


 そして、俺の経験上、小学生レベルの戦いでは、まず『つかみ』が使われることはない。

 つまり、チョキ攻撃グーガードしかないジャンケン。

 ならば、最強の選択肢は何か? 答えは明白だ。


「おい、てめぇ! ずりーぞ!」


 今度は野球帽が喚く番だった。

 自慢の突進技が面白いように防がれ、焦りの色が見える。

 ずるいも何もないんだけどな。これはただの仕様だ。


「んん……! じゃあ、これはどうだ?」


 野球帽は戦法を変えた。

 突進をやめ、ガードを固めるマリアンの目前で足を止める。



 ——ギュアアアアオオオオッ!!!



 ドラゴンの顎が外れんばかりに開き、灼熱のブレスがマリアンを襲う。

 連続ヒットする炎の前に、マリアンのシールドがみるみる削られていく。

 これではガードを続けてもジリ貧になってしまう。


 さあ、どうする、弟くん? 俺の助言はここまでだぞ。


「えいっ!」


 マリアンは咄嗟にバックジャンプで炎の射程から逃れると、空中で狙いを定めた。

 そして華奢な腕から、必殺のレーザービームを放つ。


 ブレスを吐いている最中のドラゴンは、巨大な的でしかない。

 レーザーは寸分の狂いもなくその胴体を貫き、ドラゴンを場外へと派手に吹っ飛ばした。


「くっそ、くっそぉぉ!!」


 真っ赤な顔で復帰した野球帽が、再び単調な突進を繰り返す。

 だが、一度コツを掴んだ弟くんはもう揺るがない。

 冷静にガードでいなし、的確に反撃を叩き込む。

 勝負は、弟くんの圧勝で幕を閉じた。


「次は俺! 俺が宝莉を倒す!」

「いや俺が先だって!」

「抜け駆けすんな!」


 さっきまでのガキ大将への恐怖はどこへやら、今や弟くんは挑戦者たちに囲まれる英雄ヒーローだ。

 その顔には、自信に満ちた笑みが浮かんでいる。もう大丈夫だろう。


「お兄さん、詳しいんですね。すごいです……!」


 いつの間にか隣に来ていた琴乃ちゃんが、つぶらな瞳のラッコのような顔で俺を見上げていた。


「まあ、割と真面目に実況してるんで、ある程度は理解してないとな」

「へぇー、尊敬しちゃいます!」


 そ、尊敬……。

 心臓が、きゅっと妙な音を立てた気がした。

 ゲームの腕を褒められることはあっても、そんな真正面から尊敬なんて大袈裟な言葉を向けられたのは、生まれて初めてだ。

 なんだか無性に気恥ずかしい。


「姉ちゃん、早く早く。次のも見てよ!」


 弟くんが琴乃ちゃんに上達した自分を見てもらいたさそうにしている。

 姉弟の時間に水を刺すのも野暮だな。


「じゃあ、俺は準備があるから」


 俺はひらりと手を振って、そっとその場を離れた。


 さて、と。配信機材の最終チェックだ。


 ヨーチューブの配信ページを開くと、まだ準備中の画面を映しているだけなのに、待機中の視聴者数がすでに三桁に届こうとしていた。

 新作注目タイトルの大会なので、普段は大会を見ないような層も興味本位で覗いているのかもしれない。

 試しに、配信用のプレッチを操作してゲーム画面を映してみた。


「きたああああ!」

「かっけえ!」

「神ゲーの予感」

「はよ」


 コメント欄が、滝のような速さで流れ始めた。

 これ、ただのメニュー画面なんだけどな……。

 まあ、確かに俺もスタイリッシュでかっこいいと思うけど。


「はーい、みなさーん! ちょっといいですかー!」


 パン、と一つ手を叩く。店長の凛と通る声が、騒がしかった店内に響き渡った。


「まもなく大会を開始します! まだ受付がお済みでない方は、カウンターまでお願いします。数分後にトーナメント表を壁に貼り出しますので、ご自身の対戦台を確認してくださいね!」


「「「はーい!」」」


 子供たちの屈託のない返事が、店内に気持ちよく響く。

 俺が普段参加している大会は、強者たちが集うピリピリした空気が当たり前だ。

 だから、この光景がやけに微笑ましく、そして新鮮に映った。

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