第6話 店長の挑戦状

 俺と(ついでに姫美)がゲーム専門店『レベルアップ』の裏口に到着したのは、朝の八時前だった。

 一人で来るつもりだったのだが、俺のツブッターを日常的に監視してる姫美が実況を頼まれたことを知ってしまい、いつのまにか大会に登録していたのだ。


「いらっしゃい、グリーンさん。あら、隣の可愛い子は?」


 裏口をノックすると、顔を出したのは店長の桜田さん。

 小柄で柔らかい笑顔の優しそうな女性だ。


「初めまして、姫美です。いつも兄がお世話になっております」


 お前は俺の保護者かよ。


「いえいえ、いつも助かってるのはこっちよ。SNSで宣伝とか、おばちゃんには難しいからね。グリーンさんに手伝ってもらわないと、人が集められないの」


 おばちゃんとか言っているが、店長は二十代前半の若奥様。

 ネトゲで知り合った旦那さんと結婚して、今は自宅の一階を改装してこの店を切り盛りしている。


 ゲームショップを開くのは二人の昔からの夢だったらしく、店内はぎっちり手書きポップが並び、棚にはマイナーな名作タイトルがずらり。

 まるでゲーム愛そのものが形になったみたいな空間だ。


 ——いい、実にいい。


 店内をじっくりと拝みながら深呼吸。

 ここは俺にとってオアシスのような聖域だ。


「惜しいよね。もし独身だったら候補になり得たのに」

「しっ! なり得ない! ここにそういうのを持ち込むな!」


 この聖域を汚すな姫美。

 せっかくのオアシスが蒸発して蜃気楼になりかねない。


「じゃあ早速、中に入って会場のセットアップを手伝ってくれる?」


 店長は俺たちの言い合いをスルーして、にこやかに中へ戻っていった。

 たぶん、聞こえてたけど大人の対応をしてくれたんだろう。ありがたい。


 ゲーム大会と聞くと、体育館を貸し切った大規模イベントを想像するかもしれない。

 でも『レベルアップ』の大会は、参加者二十人前後の小規模戦。

 店の奥を片付けて、モニター十台分のスペースを作るだけで準備完了だ。

 店長が三台用意して、残りはプレイヤーの持ち込み。

 俺も例に漏れず、モニターとプレッチをスーツケースで運んできた。

 今回の大会は新作ゲームを使うので、ソフトはゲームショップ持ちだが普段はソフトもプレイヤーに持参してもらうことが多い。


 ゲーム機の準備を終え、次は配信機器の準備を始める。


 配信というものはゲーム映像をただ垂れ流しにするのではなく、プレイヤーカメラ、俺の実況、ゲームスコアやプレイヤーネームなどの映像に含まれない情報を組み込まなくてはならない。

 なのでゲーム機からアウトプットされた映像を一旦パソコンで読み込み、再構成してから配信サイトへ流す必要がある。


 この処理はそこそこの負荷があるので、高画質の配信をするには、それなりに性能があるパソコンじゃないといけない。

 俺の愛機は親マネーとバイトの合わせ技だ。


 だが――


 正直にいうと、これはプロゲーマーとかが来るような大会ではない。

 集まるのは近所のガキばかりだろう。配信の視聴者数は良くては二桁台だ。

 別にもっと安上がりで雑な配信でも誰も文句を言わないだろう。


 それでもクオリティにこだわるのには理由がある。


 俺にとっては、数字なんてどうでもいい。

 大事なのは――今日のアーカイブを見返して、誰かが次のステップに進めることだ。

 大会中は緊張していて細かいミス、ワンパターンな行動、自分の悪い癖などに気づきづらい。

 だが、アーカイブならスロー再生、速戻し、ポーズ機能などを駆使して、自分のプレイングを細部まで分析することができる。


 大会ってのは、勝つだけじゃなくて場所でもある。

 向上心あるプレイヤーたちが何かを学んでくれることが俺の願いだ。

 だから俺は、できる限り良い機材を使って配信をし、的確で有意義な実況を心がけている。


「やっと終わったね、お兄ちゃん」


 椅子を並べ終えた姫美が、両手を上げて大きく背伸びをした。


「ああ、そうだな。だが本当にきついのはイベントが始まってからだぞ。参加しにきた人たちの誘導、トーナメントの進行、実況解説、そして疲れ切ったあとにやってくるのが後片付けだ」

「ミーは参加者だから、そんなのしーらない。あとは遊ぶだけだよ」


 片付けぐらいはやってもらいたいところだが、先に帰る気満々だな。


「姫美ちゃん、せっかくだし大会が始まる前にウォーミングアップする? 一戦しましょ」

「やります、やります!」


 店長の提案に、姫美は即答。

 プレッチを起動してコントローラーのペアリングを済ませた。

 姫美は俺が直々に鍛えているので、それなりに強い。

 だが、店長の実力はどれほどのものなのか見当もつかない。

 RPG好きな店長の格闘ゲームの腕前は未知数だ。


 店長はメニュー画面からスパクラを選択。

 そして対戦モードを開くと、真っ先に近距離ファイター、『ホップくん』を選んだ。


 ホップくんはスパクラの開発会社の看板キャラ。

 初心者が選んでも扱いやすいように、オーソドックスな身体能力のパラメーターが設定されている。

 だが、だからといって弱いわけではなく、極めれば強力な即死コンボも使えるポテンシャルが高いキャラクターだ。


 対する姫美は、長年の相棒である『エスパー太郎』をセレクト。

 トリッキーな技が多く、使い手のセンスが問われる玄人向けのキャラクターだ。

 想定外の動きで相手を翻弄したい人向けのキャラだと言える。


「じゃあ、始めましょうか」

「はいっ、たいよろですー!」


 ゴングが鳴り響くと同時に、姫美のエスパー太郎が弾かれたように飛び出した。

 まずは基本のダッシュ攻撃で切り込む算段か。

 対する店長は、ホップくんの優れた跳躍力でひらりと回避……しようとするが、甘い。

 姫美はその動きを完全に読み切っていた。

 ダッシュの勢いを殺さず踏み切り、空対空の鋭い一撃を叩き込む。

 不意をつかれたホップくんは軽く吹っ飛ばされた。


「あぁ、やっちゃった……」

「店長さん、勝負はこれからですよ?」


 エスパー太郎は空中での機動力がホップくんを遥かに凌ぐ

 ヒットスタン(攻撃をくらった後、操作ができなくなる時間)中に無防備な相手を逃がすほど、姫美は甘くない。

 追撃、追撃、さらに二段ジャンプからの追撃。

 お手本のような空中コンボで、ホップくんはあっという間にステージの端まで運ばれていく。


 『スパクラ』は体力ゲージがある普通の格闘ゲームとは少し違う。

 ダメージが蓄積するほど吹っ飛びやすくなっていき、相手を画面外へ吹っ飛ばせば倒すことができる。

 相手を崖際に追い詰めたら、吹っ飛ばす必要がある距離が減る。

 つまり今は姫美がとても有利な展開だ。


「あ? あれ? 今、二回ジャンプした?」


 ぽつりと呟かれた店長の言葉に、俺は耳を疑った。


「え? まあ、はい……」


 姫美も戸惑っている。


「へー、新しくなってるのね」


 二段ジャンプはこのゲームの黎明期から続く基本中の基本システム。

 ……店長、何か別のゲームと勘違いをしているな。


 さすがに姫美が二段ジャンプすら知らない初心者に負けるわけがないので、その後の試合展開は控えめに言って酷いものだった。


 店長は全く攻撃を当てられず、ステージの外へ出すだけで勝手に自滅してしまうので、この試合はあっさり終わるものかと思われた。



 ——が、姫美の中の何かがプツリと切れた。



「お兄ちゃん、このゲームってこんなに気持ちいーんだね。知らなかったよ。あはは、あははははははははは!!!」



 わざと威力の低い技でいたぶり、ギリギリ撃墜しないようにダメージを調整。

 崖外に吹っ飛ばしては、わざわざ追いかけて内側に吹っ飛ばし返す、お出玉のような遊び。

 まるで猫が虫をいたぶるような、悪趣味な舐めプだった。


 普段、俺のような格上にボコられ続けている鬱憤が、今この瞬間に爆発している。

 弱者を嬲ることでしか得られない、歪んだ快感。

 上位勢になりきれなかった格ゲーマーが堕ちる地獄の一つだ。


 やがて試合終了のブザーが鳴り響く。

 タイムアップによる、受けたダメージの総量が低い姫美の判定勝ちだった。


「む、むずかしいゲームね……。頑張ってタイムアップまで持ち堪えたけど、やっぱり無理だったわ」


 満身創痍のホップくんとは対照的に、晴れやかな顔でコントローラーを置く店長。

 ゲームの理解が浅すぎて、自分が徹底的に弄ばれたことに、微塵も気づいていない。

 ……ああ、これが無知ゆえの幸せか。

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