俺の位置
俺、吉田英治は同じクラスの森永香澄に恋をしている。
「吉田ー今日の部内戦、吉田も参加しない?」
「え~でも俺部員じゃねぇしなー」
「いいじゃん!別にウチはそんなお堅い部じゃないし、先輩たちだって吉田のこと好きだし」
「まじ?じゃあ行こっかな!」
「やった!じゃ、放課後に体育館な!」
「え!吉田、今日バスケ部参加すんの⁉じゃあ、うちらも見に行きたーい!」
クラスのやつらとそんなどうでもいいことを話しつつ、俺は教室後方、窓際の方に目を向けた。そこに座っているのは森永香澄という女子生徒だ。彼女はいつもと同じように小説を開き、静かに目で文字を追っているようだった。
「吉田?何見てるん?」
バスケ部の部内戦に誘ってきた谷川にそう声を掛けられて、俺は急いで視線を戻す。
「いや、なんか外曇ってて雨降りそうだなって」
そうやって当たり障りない回答をすれば、谷川は窓の方をちらりと見た後俺の言葉に同意する。
「確かに天気悪いな。帰りに雨降らなきゃいいけど」
「だな」
そんなやり取りが終わると同時に予鈴が響き渡って話していた皆も自分の席へと戻っていく。確か五限は何かと厳しい数学教師である水野の授業だ。みんな注意されるのはごめんなのだろう。俺も席に着くと教科書とノートを鞄から引きずり出す。ほぼ無意識に授業の準備をする傍ら、さっきの谷川の言葉を思い出す。帰りに雨降らなきゃいいけど、と谷川はそういった。だけど俺はそうは思わない。だって、森永と話す機会になるかもしれないから。真面目な彼女はいつも出された課題を放課後の教室で終わらせているらしかった。なぜ知っているのかと言えば、部活終わりに忘れ物に気づいて戻った教室に彼女の姿があったからだ。静謐な教室で机の上に広げられたワークに真剣なまなざしを向ける彼女。思わず数秒の間見惚れてしまったのは仕方がないと思う。そんな彼女ならば今日も変わらず教室に残って、俺が帰る頃まで残っているだろう。窓の外を眺めて雨が降っていることに気づいた森永は、鞄の中から常に持ち歩いているであろう折り畳み傘を取り出すだろう。こんな具体的な想像をする俺は少しばかり気持ちが悪いかもしれない。だけど、もしこの想像が現実になれば。傘なんて持ち合わせていない俺と教室で鉢合わせた森永は俺を傘に入れてくれるかもしれない。そしたらその帰り道、普段はしゃべりかけることの出来ない森永と他愛のないことを話して、ほんの少しでも意識してもらうことができるかもしれない。そんな淡い期待が消えてくれない。だから、俺は雨が降ったらいいのにと思う。
俺が森永を好きになってしまったのは些細な出来事がきっかけだった。
体育祭の準備期間、大縄跳びの練習の時、彼女は縄に足を取られて転んでしまった。すぐ近くにいた俺は、怪我をしていたら保健室に連れて行かなくちゃなんてクラスメイトとして当然だろう善意をもって森永に手を差し伸べた。俺に声を掛けられた森永は驚いた顔をしたが、すぐに「ありがとう」といって手を取ってくれた。その時に向けられたのは、普段なら見ることのない少しばかりぎこちないが柔らかな笑み。教室の端で小説を読んだり課題をしたりする時の真剣さに満ちた表情からは想像できない表情に、俺は見事に撃ち抜かれた。凛と咲く一輪花のような彼女が見せた笑みにはそれほどの衝撃があったのだ。そこから俺はひそかに彼女を目で追っている。
いつかその笑みを独り占めできる日は来るのだろうか。自分と彼女のなんとも言えない絶妙な距離を自覚しては、ひっそりと溜息を吐く。願わくば、彼女の中に俺と言う存在の居場所をもらえますように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます