第3章その6
日高見の蝦夷達に、猪と何頭かの馬が山に向かったのが見て取れた
「馬や猪を操っているのはショウか?コオか?」
ばば様が弾んだ声で言った
土煙が収まり、ヤマト側が少し見渡せる様になった
皆大和に行った阿弖流為や仲間が帰って来ると確信した様に、伸び上がって遠くを見入り 弾んだ声で話し出した
サクは居ても立っても居られなくなり、1人つぼみに乗り 走り出して中央近くに行き、嬉しそうにクロの馬に近づいた
「クロー!おかえりー!みんなはー?」
サクの問いかけをクロはチラっと見たが、何かを放り投げて、すれ違っても止まらずに砦の方向に走り抜けた
サクは止まって投げられた何かを受け取った
刺し子の巾着だった
開けると中には自分の耳の折れた桜色のうさぎ面と阿弖流為とフカの面が入っていた
田村麻呂の軍から攻撃の感じが無いことを確認してサクはクロを追って砦の方向へ引き返した
俊足のつぼみはクロに追いついた
「この面はどういう意味だよ」
サクはクロに並んで走りながら聞いた
見るとクロは泣いていた
何も知らないサクだったが、阿弖流為とフカが死んだのではという漠然とした不安に駆られた
クロは構わず、一心不乱にかか様の銀狐の面を見据えて走った
クロの漆黒熊の面が分かる距離になると、蝦夷達も走り出してクロを迎えようとした
クロは馬から飛び降り、泣きながら腹帯を解し、走ってかか様に飛びついた
ひとしきり泣き、そして心を落ち着かせて河内での出来事を全て話した
サクが大地に崩れ落ちた
「サクが殺される筈だったのに、フカは代わりに死んだのか?…サクのせいだ!あの日サクが阿弖流為の言いつけを守らなかったから…」
頭を抱え身の置所が無いように苦しむサクの肩に、クロが手を掛け言った
「でもフカはサクが生き残る事が蝦夷の為になると思ってた、面を預かった事も運命だと言っていた
阿弖流為と一緒に行くのが自分の役目だとも…」
そう言って、腹帯の中から阿弖流為の手紙を出し、マナに渡した
マナは涙を流しながら静かに読んだ
長い長い、心のこもった手紙だった
マナ へ
良い知らせを持って帰ると言った約束を守れなくなった、許せ すまない
わしはここで死ぬ事になった
しかしそれは蝦夷が生き残る為だ
悲しむな、わしの使命だ
残った者達が大和で蝦夷の意思を、魂を、きっと伝えるはずだ、
大和の知識を学び、日高見と大和が共に平らかに生きる道を見つけてくれるはずだ、それに従え
それでも尚 大和と争いになった時は
胆沢までを田村麻呂に任せろ
奴なら蝦夷の事を分かってくれる筈だ
そして胆沢までを大和に渡し、お前は賛同する蝦夷を連れて北にのぼれ
神の大地は広い、
必ず神はKATANAを守る我らに味方してくれる
神を信じ 自分を信じて必ず生きろ!
蝦夷の誇りを忘れるな
わしはマナを妻にできて幸せだった
授かった子をわしと思って育ててくれ
わしの心はお前の心と常に一緒にいる
憂いも恐れも持つ必要などない
狼は死んでも2人でひとつだ、忘れるな
それと、クロは蝦夷では無い、島に帰せ
来た島の近くに『あわしま』という小さな島がある
そこなら大和も手を出すまい、そこで自分のやるべき事が何なのか見つけろと言ってくれ
狼の妻として、蝦夷のかかとして、全ての蝦夷達の事を考えて生きてくれ、頼む
阿弖流為
マナは読み終え、その手紙を抱きしめ 声を上げて泣いた
「もう一度だけ会いたかった、マテルを見て、抱いて欲しかった…」
ノエが皆に読んで聞かせた
皆 顔を覆って泣いていた
そんな時猪が吠え、コウキが振り返り叫んだ
「コオ様だ!コオ様が見えた」
田村麻呂は3人の亡き骸を馬方の持つ布に包ませ、その上に面を乗せ、蝦夷達に運ばせ前に進んでいた
徒士隊は皆泣いていた、コオも泣いていた
悲しくて辛くて馬に乗れないコオの為、田村麻呂は自分も馬から降り、肩を抱いて並んで歩いてやった
コオに何かを諭すように強い風が吹き続けていた
振り返った日高見の蝦夷達が目にしたのは、田村麻呂に肩を抱かれ憔悴しきったコオ、何かを運ぶ蝦夷達、数頭の馬を曳く馬方、荷物を背負う奴婢の姿
しかしその歩みは重く暗いと感じた
そして蝦夷達はざわつきだした
リヨウとミヤ、ショウの姿が無い
そのざわつきに振り返ったクロはハッとした
徒士隊の運ぶ3つの布袋の上に面が見えたのだ
「何があっても後ろを見るなとはこういう事だったのか…」
大地に膝を付き 悲鳴にも似た声を上げ、
頭を抱え その荷物を見ながら泣いた
「蝦夷の為の戦いだったのに…
神の大地とKATANAを守る為なのに…
蝦夷でもない俺を生かすために…
なんでだ!なんでこんな事に…
俺の為に父も母も死んだ、ゲンも死んだ、
そしてミヤもショウも、リヨウまでもが…」
クロは大地を叩き、のたうつ様に言い、身をよじる様に苦しみ慟哭した
つづく
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