第9話 王の器
Side:斬殺職人
【斬殺職人:剣の振り方。歩法。呼吸。全てが駄目だ】
「すいません」
【斬殺職人:簡単に言うとだな。剣を握る力も、振る動作の途中で変える。常に全力で力を入れれば良いってことではない】
「なるほど。もう一回やってみます」
【斬殺職人:あーあ、返って悪くなったぜ。こんな才能のない弟子は初めてだ。筋肉の鍛錬だけやっておけ。筋肉の鍛錬も力を入れる所と抜く所があるのだが、駄目だな】
「はぁはぁ、すみません」
小僧は駄目だ。
生きていた時に、こいつが入門に来たら、絶対に追い返してた。
【斬殺職人:じじい、モンスターから魔力を吸い取って、自分の魔力量を増やす魔剣を作ってくれ】
【鍛冶職人:魔剣はな副作用があるのじゃ】
【斬殺職人:失って良い物など、何かあるだろう】
【鍛冶職人:ふむ、手っ取り早いのは筋肉か脂肪じゃな】
【斬殺職人:筋肉が痩せたら剣士失格だ。脂肪は構わないが】
【鍛冶職人:坊主は痩せておるから、脂肪が無くなると、死ぬぞい】
【斬殺職人:金でなんとかならんのか?】
【鍛冶職人:ならんな】
【斬殺職人:俺がアンデッドなら、簡単にできるのにな】
【鍛冶職人:お主をアンデッド化、それは可能じゃ。現にわしは今でもスケルトンじゃ。体の骨はないがな。ただ、人工アンデッド化は魔法使いの領分じゃ。それもとびきり邪悪な奴じゃな】
【斬殺職人:次の目的地はそこだな】
【鍛冶職人:危険じゃが、何とかなるじゃろ】
小僧が寝転がって、休んでいる。
【斬殺職人:こら、休むな。限界を超えた先に、成長があるんだよ】
「はぁはぁ、む、む、無理。はぁはぁ」
【斬殺職人:疲れて動けない時に、楽に動ける動かし方を模索するんだ】
「はぁはぁ、そ、それが、はぁはぁ、コツですか。はぁはぁ」
【鍛冶職人:ちなみにじゃな。ハンマーの振るい方もそんな感じじゃ。余分な力のない、無駄のない動き、それが理想なんじゃ】
「はぁはぁ、聞いただけでできたら、苦労しません」
小僧は哀れなほどに、才能がない。
手本として、何度も俺が肉体を操ってやったのにな。
こんなに飲み込みが悪い奴は珍しい。
だが、王なら必要ないかもな。
優秀な部下を集められる王がいたら、最強だ。
【斬殺職人:道場破りの時はスタミナと筋力強化のポーションだな】
【鍛冶職人:それがよかろう】
「そんな手があるなら、この苦労はなんですか? 早く言って下さいよ」
【斬殺職人:自前の筋肉でなくて、ポーションに頼ると、次の日に酷い筋肉痛で動けなくなるぞ】
【鍛冶職人:そうじゃな】
「毎回、苦しみたくなかったら、鍛えろですね。自前じゃない筋肉って何があるんですか?」
【斬殺職人:禁忌の邪道だと、モンスターの筋肉を移植するとか、アンデッドになるとかだな】
「うわっ、どっちも嫌です」
【斬殺職人:魔力操作で筋肉を補助するって手もあるが、俺は魔力操作がそんなに上手くない】
「マナブレードが使えるのにですか?」
【斬殺職人:魔力操作とマナブレードを同時に使うのはもの凄く難しいんだぞ】
「そこは無骨剣ヴェークではなくて、普通の剣を持って行きましょうよ」
【斬殺職人:嫌だ。試し斬りしたい】
「殺さない約束です」
【斬殺職人:奴らの命は取らないが、剣士としては死んでもらうぞ】
【鍛冶職人:因果応報かのう】
「剣を握れない傷を与えるってことですよね。それは仕方ありません。剣術を悪用したのですから」
小僧に言われて考えたが、確かにこういう考え方もあるな。
もしかして、王の器があるのか。
この小僧なら、仕えてもいいと少し思う。
錬金王に仕えなかったのを、後悔したからな。
錬金王は友だったから、上下関係ができると俺は嫌だった。
まあ、小僧が王に相応しいか見極める時間はたっぷりある。
【斬殺職人:小僧、十分休んだろう。さあ、筋肉鍛錬の再開だ】
「分かりましたよ。鬼師匠」
文句は言うが、ふてくされたり、鍛錬から逃げたりしないのはかなり良い。
才能がない努力型の人間だ。
小僧の筋力で、剣士の集団とやるには、かなり心もとないな。
いちど敵を見に行かないといけないだろうな。
偵察するなどいつ以来か。
あれは確か……。
◇◆◇
16歳の駆け出しの剣士だった俺は冒険者をやっていた。
「くそっ、囲まれた」
オークに囲まれて、俺は悪態をついた。
「だから、しっかり偵察しないといけないと言ったんだ」
こいつは生き残った。
「俺はひとりで逃げる」
こいつは死んだ。
「樹に登ってやり過ごそうぜ」
こいつは生き残ったな。
「俺が悪かったよ。だが、偵察はしっかりしたぜ。とにかく文句は包囲を破ってからだ。俺は突撃する」
俺は突撃を選んだ。
どうせ死ぬなら、この原因を作った上位種をやろうと決めた。
そうなんだよな。
前の偵察ではいなかった上位種がいたのが、囲まれた原因。
「うりゃゃゃあ! 死んで生きる!」
上位種に剣を突き出した格好で突撃。
ザコのオークは剣に刺されるのが嫌だったのか、俺の前から逃げた。
ザコオークの陰で俺が見えなかったんだろな。
上位種の腹に剣が突き刺さった。
だが、脂肪で止まったんだったな。
そりゃ、突きに特化した剣ではなかったし、それに安物で切れ味も最悪だ。
「うりゃあ!」
あの文句を言ってた奴が、俺の後ろから俺の背中に体当たり。
「ぐぇ。なにしやがる」
剣はさらに深く刺さった。
「文句は包囲を破ってからだ」
「俺の台詞を取るな」
二人がかりで深々と突き刺さった剣を抜くと、オークリーダーの血がドバっと出て倒れた。
ザコオークはそれを見て逃げ出す
この時、俺は奥義を得た。
オークリーダーの傷口に手を突っ込んだ。
なんでそんなことをしたのか今でも判らない。
たぶん興奮して混乱してたんだろう。
偶然に上位種になる仕組みが判ってしまったんだよな。
この上位種は成る途中だから、判っただけ。
現在も上位種になるための変質が進んでるから、どういう変化なのか判ったんだよ。
実に運が良い。
筋肉が変質してたんだが、魔力で筋肉を変質させてた。
魔力操作とは似て非なるもの。
魔筋肉、マナマッスルとでも呼ぶべきか。
薬草ができる過程もこれと同じ仕組みだろう。
魔力で肉体の組織が変質する。
しかも脳みそも内臓も骨も全てだ。
生き残った俺は宿の寝台の上で、あの不思議な魔力の感覚を思い出していた。
◇◆◇
こんな記憶だったな。
再現するには10年の歳月が掛かった。
しかも、魔筋肉を作るには死ぬ覚悟が要る。
事実、実験で使った小型のモンスターは全て死んだ。
俺も、絶体絶命にならなければ魔筋肉への変質は使わなかった。
だから、小僧には言ってない。
使うことはたぶんないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます