第2章 挑戦

第6話 解放

Side:斬殺職人


「ふっ! ふっ! ふっ! ふっ! はっ!」


 死んだ時点の話だが、何度素振りを繰り返しても、木剣でアダマンタイトの鎧を着ている奴を両断できるという境地には至れない。

 ましてや山脈を切り裂くことなど不可能。

 海も割れん。

 滝ぐらいなら、裂くことはできるかも知れないが。


 こんな体たらくでは最強とは言えない。

 斬りたい。

 強敵を斬りたい。

 強敵を斬れば斬る程、最強に近づく。

 それが真理だ。


 死んで魂になって、銅像から離れられなくなっても、その想いは消えない。

 いや、燃え盛っている。

 とりあえずは魂の状態でこの銅像を斬るとしよう。


「とりゃゃゃゃあ!!!」


 傷一つつかん。

 魂の状態だとて、斬れるはずだ。

 最強ならばな。


 伝説では偉人の魂が現れて、ことを成したという話を聞いたことがある。

 そういう話はいくつもあるから、本当の話も混ざっているはずだ。

 これは俺がまだ偉人の領域には達してない証。


「ふっ! ふっ! ふっ! ふっ! はっ!」


 素振りを再開した。

 空腹も汗も疲労もないのだから、人間の何倍も効率よく修行しているはずだ。

 なぜだ。

 だが、疑問より素振りだ。

 俺は今までそうやって生きてきた。


 剣を1回でも多く振って、斬りまくる。

 それが上達の道。

 精神修行はまやかしだ。

 生きていた時に、悟りを開いたという剣士に立ち会ったが、どいつこいつも弱かった。


「師匠、ここが有名な無分別剣聖の銅像です。この銅像の下に剣聖の遺体が埋まっているそうです」

【小僧、誰と喋っている?】


「あれっ、師匠と別の魂の声が聞こえた。誰ですか?」

【見えない者に話し掛ける変な小僧と思ったら、死霊術師の類か?】


「言われてみれば、確かに僕のスキルはそういう系統ですね」

【俺は斬殺職人。俺の体を作れるか? 作れるなら使役されてもよい】


 ふん、体を得たら、この小僧を斬り殺して、支配を解除しよう。


「メモアーレンです。ええと、作れないですけど、体は貸せます」


 何でも良い。

 小僧を斬り殺せば、済む。


【では頼む】

「【職人魂】斬殺職人を収納」


【斬殺職人:おお、久しぶりの体の感覚。ぐぬぬ、体を動かせん。騙したのか】

【鍛冶職人:ようこそじゃ、若いの。歓迎するぞい。まあ、まあ。慌てるでない。坊主は嘘は言っとらん】


【斬殺職人:早く体を寄越せ!!】

【鍛冶職人:うるさいから、ちと体を貸してやれ。そうすれば落ち着くじゃろ】


「【職人魂】斬殺職人】


 おお、体が動かせる。

 俺ぐらいになると体が違っても、何も問題ない。

 最強ではないが、それぐらいの腕には達している。


 剣を抜いた。

 良い剣だが、初心者が持つ剣だ。

 まあ、問題ない。


 剣など、所詮は消耗品よ。

 戦場で剣が折れれば、死んだ敵の兵士の剣でも使う。

 使い慣れた剣の方が、良いに決まっている。

 だが、それだけのこと。


 素振りすると、剣がびゅっという音を立てた。

 いかんな。

 音が濁っている。

 澄んだ音でないと、恥ずかしい。


 理由はこの小僧の筋肉が鍛えられてないのと、この体と剣に慣れてないからだ。

 時間が解決するだろう。


「ふんっ!」


 剣を一閃。

 銅像は両断された。


【メモアーレン:ちょっと! なんてことするんですか! この銅像は剣聖でもあるヴルツェル流開祖の物ですよ!】

【鍛冶職人:かかか。愉快じゃな。坊主、わしの剣を使うならあれぐらいにならねばのう】

【メモアーレン:師匠、笑っている場合じゃないですよ。ヴルツェル流と言えば3大流派に2つあるんですよ。お弟子さんの数を数えたら、この王国の人口ほどです。それが敵になるんですよ】

【鍛冶職人:問題ないじゃろ。こやつが、敵を排除するはずじゃ】

【メモアーレン:ええっ! 指名手配の賞金首に一直線じゃないですか!】

【鍛冶職人:わはは、楽しいのう】


「駄目だ。なんという荒い切り口。恥ずかしくて堪らない。鈍ってるというしかない。くそっ、弱くなったか。やはり人やモンスターを斬らないと」


【メモアーレン:【職人魂】キャンセル。ストップ、それ以上は僕が許さない」

【斬殺職人:体を寄越せぇ! もっと、斬らせろ!】

【鍛冶職人:若いの、無駄じゃ。この坊主はわしらの領主じゃからな。しかしのう、なんで銅像を斬った?】


【斬殺職人:一番の理由は牢獄だったからだ】

【鍛冶職人:それはお主の力が足りんからじゃ。わしなんぞスケルトンになって、自由に歩いとったぞ】


【斬殺職人:ぐぬぬ】

【鍛冶職人:ほほほ。精進じゃ】


【斬殺職人:この糞じじい】

【鍛冶職人:ではお主はなんじゃ。糞に集るハエかのう】


「あの、こっちです」


 小僧が少女に手を引かれて、歩き始めた。

 なんという情けない歩き方。

 剣士のけも名乗れない歩き方だ。


 腰に下げている剣が泣く。

 初心者用の剣だが、1級品。

 宝の持ち腐れというしかない。

 歯がゆくて堪らない。


「どこ行くの?」

「ヴルツェル・イーゲル流レジスタンスのアジトです」


 イーゲル?

 ああ、俺に止めを刺した卑怯弟子のひとりだったイーゲルの奴か。


【鍛冶職人:イーゲル? あの勇者パーティのイーゲルではないじゃろうな。だとしたら殺すんじゃ! なんとしてでも殺すんじゃ!】


 まさかな。

 イーゲルがまだ生きているはずはない。

 かなり年月が経っているはずだ。


 イーゲルはたしか……。


       ◇◆◇


「師匠、死なないで下さい」

「がはっ」


 俺は最後の戦いで血を吐いた。

 早くポーションを飲まないといけない。

 焦る俺の背中が痛みを訴えた。


「がはぁ……」


 介抱するふりをして、背中をさすってたイーゲルが、背中に針みたいな暗器を心臓に刺したのだな。

 針を抜き取る様子を死んだ俺の魂は空中からそれを見ていた。


「えっと、ヴルツェル・イーゲル流を興すことを認めるですか。ありがとうございます。師匠の全ては俺が受け継ぎます」


 死んだ俺の顔近くに頭を寄せて、イーゲルがそんなことを言った。

 もちろん俺はそんなことを言ってない。


「イーゲル、俺は認めん。生前、師匠はヴルツェル・マオルヴルフ流を興しても良いと言って下さった。財産は山分けだ」

「俺もだ。俺も流派を興して良いと言われてる。俺も財産を貰う」

「も、もちろん俺もだ」


 こいつら、どいつもこいつも、俺が言ってないことを。

 そして、俺の死体は銅像の下に埋葬された。


「うはは、この地で俺はイーゲル流を開く。糞師匠の遺体と銅像があるこの地はヴルツェル流の聖地だ。俺は正統を名乗れる。俺の勝ちだ」


 完全に思い出した。

 イーゲルの糞野郎。

 一撃で斬り殺しても飽き足らない。

 この始末は着けねばなるまい。


       ◇◆◇


【斬殺職人:小僧、ヴルツェル流の分派は皆殺しだ】

【鍛冶職人:若いのう。考えてもみい。この状況でぎるかのう】


【斬殺職人:どうすれば良い?】

【鍛冶職人:大儀じゃな。大義がない戦いは負けるものじゃ】


 大儀なんか、考えたこともない。

 とりあえず強い奴は人間でもモンスターでも斬る。

 それだけを考えて生きてきた。


【斬殺職人:大儀なんか、欠片も要らん】

【鍛冶職人:そうかのう。お主が死ぬことになったモンスタースタンピードじゃが。雑兵を手下や支援者に任せて、強敵だけをお主が斬っとったら、結果は違ったじゃろう】


 この糞じじい、俺の記憶を盗み見しやがった。

 俺には糞じじいの記憶は見れない。


【斬殺職人:それは俺の生き方ではない】

【鍛冶職人:じゃから、お主自身は死んだ時に国中で10指にギリギリ入ると言ったところかのう】


【斬殺職人:やり方が間違っていたと言うのか?】

【鍛冶職人:知らんな。後世では結果しか知らん。たらればを言っても結果は変わらん。じゃがな、わしらは坊主の中で生きておる。やり直しができるんじゃ。違うやり方を試してみるのも一興よ】


【斬殺職人:ふん……】


 俺のやり方で、俺は強くなった。

 違うやり方など、無意味だ。

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