1.1.1.5 メカゴリラ爆裂王の退場

 だが、攻撃はなかった。それどころか、スピーカーから気の抜けたような声が響き渡った。

​「あれ? こいつ電池切れじゃあん。つまんないのお。はい、次いってみよお、うぴょぴょん!」

​ やはりその音声もまた、古代日本語を解さないリアにはわからなかった。だが仮に古代英語や古代中国語だったとしても、今の、心的システムがパンクしたリアにはわからなかっただろう。何もわかりたくない者には世界は開示されない。

 まるで道端の石ころでも見るように、赤い光は興味を失って他へと移った。彼女の絶望が、そして機械の気まぐれが、皮肉にも彼女の命を救ったことを理解するには、まだまだ時間が必要だ。

 ​既に自分の背中を見下ろすような心理状態のリアにも、しかし、空気を引き裂くような轟音、殺戮のファンファーレを上書きする爆音は聴き取ることができた。

 ピットを中心に影が広がった。真上、空を降下してくる複数の飛行艇が見えた。帝国の紋章をつけた強襲輸送艦だ。

 そのハッチが開き、小さな黒い影が次々と大きな影から分離し、地上に舞い降りる。前時代的な、長い円筒形の軍帽と最新鋭の強化外骨格という特徴的な組み合わせの戦闘服の男たち。彼らこそ、帝国最強の兵士集団、近衛第一師団だった。今の皇帝がまだ皇位継承順位が最も低い時から彼を支えた彼らは、軍隊内でも特異な政治的地位を得ていた。

 リアは首都、特に宮殿防衛のために存在する彼らが何故、今ここにいるのか疑問に思った。助かったとは思わなかった。助かるべきではないと思っていたから。

 彼らは勿論、悲鳴も上げず、混乱もせず、ただ淡々と、恐ろしく統制の取れた動きで、一つの巨大な生き物が手足を拡げるようにして展開していく。

「陽光遮断弾、斉射始め」

 指揮官の号令と共に、彼らが構える大口径のライフルから放たれた物は、破壊を目的としていなかった。着弾と同時に凄まじい量の黒煙を吹き出す、特殊な砲弾だ。

 次々と撃ち込まれる砲弾が、巨大な黒いカーテンとなって《メカゴリラ爆裂王》を覆い尽くし、太陽の光を遮っていく。

 それは、自由都市共同体の人々や自国民の犠牲という帰納法を通して判明した、数少ない、この古代の怪物を機能停止させるのに有効な方法の一つだった。《メカゴリラ爆裂王》は、日光を一定期間遮断されると活動を休止する。とはいえ、この《メカゴリラ爆裂王》がどのような起動シークエンスで起動したのかわからないように、それが今回も有効であるのかどうかには、何の決定的根拠もなかった。

 だが、とにかく、陽光が遮られ、周囲が薄闇に包まれると、《メカゴリラ爆裂王》の動きが僅かに鈍った。

「輸送艇、落とせ。奴をピットに押し戻す」

 誰かの声がすぐそばで聞こえた。リアが声の主を見上げるより早く、一機の飛行艇が《メカゴリラ爆裂王》の頭上を旋回し始めた。黒煙の向こう、《メカゴリラ爆裂王》がその赤い瞳から、細長く鋭い赤い針を射出した。それがレーザー兵器だとわかったのは、巨大な飛行艇が針が刺さるたびに僅かずつ、しかし確実に小さくなっていくからだった。

 飛行艇が旋回をやめ、《メカゴリラ爆裂王》の方へと、吸い寄せられるように、落下するように、進んでいく。これは特攻だ。今の人類にはこれしか方法がないのだ。ただ奴を元の位置に戻すという、それだけのことにせよ。

 その常軌を逸した光景のさなか、新たに一人の黒い兵士がリアの元に駆け寄った。顔は見えない。黒いバイザーの奥で、無感情な光が点滅するだけだ。

 兵士はリアを庇うように屈むと、彼女が抱きしめる師匠の亡骸ごと、壊れ物を扱うかのように彼女をそっと抱え上げた。

 その金属質であるはずの腕が何故だかリアには揺り籠のように感じられ、そしてそれが奇妙な感覚であることを理解すると同時に、彼女の意識は《メカゴリラ爆裂王》が包まれている黒煙よりも深い闇の中に沈んでいった。


 闇の中でリアは《メカゴリラ爆裂王》に会った。機械の巨獣は流暢なチャイメリカンで彼女に問う。「何故、社会は存在しないのではなく、存在するのか?」うるせえ、クソ。言い返そうとしたが、彼女の口はまだ動かないままだった。

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