1.1.1.3 鏖殺のメカゴリラ爆裂王

 光が現れ、世界から音を消した。いや、それは実際のところ、あまりに低く、あまりに巨大な単一の駆動音に、リアの鼓膜が飽和しただけだった。大陸の底にある岩盤が軋むような、あるいは千年前に絶滅したクジラが深海で復讐を誓って鳴くような、有機的な響き。それが全ての喧騒を塗り潰した。

 予感と、諦観とともに見た。あれは、《メカゴリラ爆裂王》は、その目を完全に点灯させていた。禍々しい赤が、千年分の闇を払う。

 さらに、ノイズと共に、機体に内蔵されたスピーカーが千年分の沈黙を破った。

​「ピコピコピコピコ……、キラキラキラーン」

 ​場違いに陽気な電子音。それに続く、甘ったるい合成音声の歌声。

​「イエイ! 遺影!  レッツ・ゴー、ゴリラあ!」

​「な……、なんだ、これは……?」

 誰かが呆然と呟いた。リアとウォン=スミス教授の周りには、いつの間にか、作業用テントから出てきた学者たちでいっぱいだ。彼らは皆一様に、目の前で起きている現実を必死に説明しようとしていた。それが彼らの仕事だからだ。

「このリズミカルな発声パターン! 高度な数学的法則に基づいた、一種の詩ではないのか?」

「チャイメリカンのどの祖語の音韻体系とも一致しない……! これは全く未知の言語だ! 我々の文明への、最初のメッセージに違いない!」

 学者たちは、ただの陽気な電子音と、意味不明な甲高い音声の羅列に、必死で神聖な意味を見出そうと目を輝かせていた。

​ だが、その熱狂の中心で、ウォン=スミス教授の顔から、血の気が引いていた。

「これは古代日本語だ!」

「左様でしたか。さすがはウォン=スミス先生。拙者、工学を専門としておりまして。何と言っているかわかりますか?」

「そんなことより、重要なのはこれが未知の起動シークエンスということだろう!」

「そういえば、そうですな。実に興味深い。しかし起動シークエンスは先生のご専門ではないでしょう。何をそんなに興奮されてるのですか?」

「ご専門ではなくとも危険性くらいわかる」

 周囲の学者たちは顔を見合わせて、ウォン=スミス教授の顔が青ざめた意味について、考えていた。考えようとしていた。考えるふりをしていた。

「先生……」

 リアが教授の袖を微かに引くと、彼は血走った目で彼女を見た。それで、彼女は電撃的に理解した。彼の耳には、《メカゴリラ爆裂王》の音声が、あまりに明瞭な、そして下品な語彙で構成された、古代日本語の何かとして届いてしまっていたのだ。

 神聖なメッセージなどではない。教授の顔が言っている。これは、ただの呼び込みだ。遊戯施設が客を呼び込むための、けたたましいだけの広告音声だ。

 死刑宣告を読み上げる厳粛さで、ウォン=スミス教授は古代日本語音声の通訳を始めた。

「ようこそ、人類の皆々様……。人類?」

 絶望的な事実確認を行うウォン=スミス教授。

 対照的に何処までも明るい《メカゴリラ爆裂王》。

​「ヘイ! ヘイ! 人類の皆々様! 待ってたよ! ウェルカム! こちらへどうぞ!」

​ 歌声と同時に、《メカゴリラ爆裂王》がゆっくりとピットからその巨体を持ち上げ始めた。その動きには、機械というものが持つべき効率性といったものが、奇妙なほど欠けていた。あまりにも滑らかで、不気味の谷が口を開いていた。《メカゴリラ爆裂王》は、まるで、舞台に上がる役者のように、あるいはテーマパークのアトラクションが観客に姿を見せるように、芝居がかった、見せるための動きを見せた。だから歓声だって上がったのだった。

「王! 王! 古代文明から我らへの贈与物! 万物を支配する霊長の王を模した、機械の獣よ!」

 だが、その両腕が完全に地上に現れた時、祝祭の空気は直ちに断末魔の悲鳴に変わった。

 古代文明からの贈与物の肩部の装甲がスライドし、無数の銃口が姿を現す。腕部が変形し、高熱を帯びたブレードが展開される。その全てが、歌声の陽気なリズムに合わせて、カシャリ、カシャリと小気味良い音を立てて行われていた。

「先生……!」

 リアの掠れた声は《メカゴリラ爆裂王》の大ボリュームに完全に敗北した。

​「殺戮のフェスティボォ! 始まるよぉ! 視聴者の皆さん、注目注目ぅ!」

​ ウォン=スミス教授は、喧騒の最中にあって、なお、引き続き、重々しく、そして絶望的に同時通訳していた。

「『死の祝祭を始めよう。我が殺戮はすべて観察者のために』……」

​ ついに、閃光と爆音の嵐が吹き荒れた。

 肩部に並んだ無数の銃口から放かれた無数の銀色の弾丸が、まずはピットの周囲に建てられた作業用テントや宿舎を紙のように引き裂き、中にいた人間たちを骨も残さずミンチに変え、建材やその他の破砕物と混ぜ合わせて空気中にばら撒いた。

 スピーカーから甲高いファンファーレが鳴り響く。リアには意味がわからなかったが、《メカゴリラ爆裂王》は、あの金属の化物は死を撒き散らして歓喜しているようだった。

​「グレートぉ! 50人抜きだドン! フィーバータイム突入!」

​ さらに高熱ブレードの一薙ぎが、大地をバターのように切り裂き、ピット内から外へ逃げ出そうとする人々を真っ二つに分断した。この瞬間だけ帝国の高官がちょうど倍に増えた。祝祭は、文字通り殺戮の祭りと化していた。阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、スピーカーから流れる甘ったるい歌声だけが、狂ったように響き渡っていた。

「苦しんで! ヘイ! 死んで! 来る死んで! ヘイ!」

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