第12話 夜の静寂

夜は、施設の中でいちばん静かな時間だった。昼間の笑い声も、遊び場のざわめきも消えて、聞こえるのは時計の針の音と、窓を叩く風だけ。


レグは布団に横たわりながら、ずっと目を閉じられずにいた。胸の奥で、言葉にならないものがざわついている。どうしても、今夜だけはサロと話さなければならない――そう思った。


部屋を抜け出し、廊下をそっと歩く。月明かりがガラス窓を淡く照らし、影が床に伸びていた。やがて見つけたのは、階段の踊り場。そこに、サロはもう座って待っていた。


「……来ると思った。」

サロは囁き、膝を抱えたまま微笑んだ。


レグも隣に腰を下ろした。冷たい床の感触が背に伝わる。


「サロ……外の世界って、どうなってるんだろう。」


その問いに、サロはしばらく黙っていた。

そして、窓の向こうに広がる暗闇を見つめながら口を開いた。


「わたし、たまに夢を見るの。ここじゃない場所の夢。空がひび割れて、地面は灰だらけで……。でもね、その灰の中に、一本だけ緑の芽が生えてるの。」


レグは息をのんだ。

それは、彼の心にこびりついた「見たこともない景色」と同じだった。


「僕も……似たような夢を見る。空は赤くて、風が焼けつくように痛くて……。

でも、そこに人が立ってるんだ。泣きもしないで、ただ歩いてる。」


二人は顔を見合わせた。

確かめるように、互いの瞳をのぞき込む。


「やっぱり……何かあるんだ。」

サロの声はかすれていた。

「私たちは、ただの子どもじゃない。どこかに、本当の場所がある」


レグは唇を結び、やがて小さく頷いた。

「いつか……行けるのかな。」


「わからない。でも……行きたい。」

サロの声は震えていたけれど、その目はまっすぐだった。


廊下を渡る風が、二人の髪をふわりと揺らした。

まるで、その先にある見知らぬ世界から吹いてきた風のように。


その夜、レグは初めて「ここから出たい」とはっきり思った。

サロの瞳の奥で揺れる光を見ながら、その思いはゆっくりと形を結んでいった。



朝の光が差し込む食堂。

いつも通り子どもたちはパンをかじり、スープをすすっていた。だが、昨日まで賑やかに笑っていた仲間のひとり――ルー――の姿がなかった。


「ルーがいない。」

レグの声は震えていた。


サロがそっと肩に手を置き、低く囁く。

「また……選ばれたんだ。完全浄化に。」


レグは目を見開いた。

「……もう、誰も覚えてないの?」


食堂の子どもたちは、空席を何事もなかったかのように埋めようと笑い合う。

ジョイのときと同じだ――。

消えた子は、まるで最初からいなかったかのように扱われる。


――僕たちも……いずれ、ああなる。


その確信が、レグの胸をぎゅっと締めつけた。

サロも同じ気配を漂わせ、手を握ったまま言葉を失っている。


昼休み、二人は隠れ家に向かった。施設の片隅にある、誰も来ない小部屋――屋根裏の窓から光が差し込む場所だ。ここを二人の秘密の場所にしたのだった。


「レグ……どうする?」

サロの声はかすれていた。


「知るしかない。どうして、誰も覚えていないのか……どうして、僕たちはまだ消されないのか。」

レグは拳を握りしめた。

「僕たちに何か手がかりがあるはずだ。」


サロは小さく頷いた。

「うん。ジョイも、ルーも……何か消されちゃった理由があるんだ。」


二人は互いに視線を交わした。

恐怖よりも、何か大きな決意が胸を満たしていた。


その日から、施設の隅々を見回し、先生や装置の管理室、日々の浄化の手順を探る

二人の密かな調査が始まった。


夜には、窓から月明かりを頼りに書き留めたメモを開き、消えた子どもたちの名前を並べた。

「ジョイ」「ルー」――そして、まだ名前のない空席。

それは、次に消えるかもしれない自分たちの影でもあった。


――僕たちは、必ず秘密を突き止める。

そして、消される前に、ここから出る。

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