第2話 王都の黒い牙





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王都リベルタスは想像以上に大きな街だった。石造りの建物が立ち並び、魔法の明かりが夜でも街を照らしている。だが、華やかな表通りの裏には、やはり闇があった。


「親分、情報が入りました」


仲間の一人、元盗賊のジンが小声で報告する。俺たちは王都の外れにある安宿に身を寄せていた。


「この街の裏社会を仕切ってるのは『黒狼団』ってギルドです。団長のガルムって男が、かなりの切れ者らしい」


「ほう。で、そいつらはどんな商売をしてる?」


「麻薬、人身売買、賭博...何でもありです。ただし」ジンは顔をしかめた。「連中には仁義ってもんがねぇ。契約を金で結んで、用済みになったら平気で殺す。女子供だろうが関係ない」


俺は魔草を灰皿に押し付けた。


「そうか。なら挨拶に行くか」


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翌日の夕方、俺は一人で黒狼団のアジトに向かった。


「竜一さん、危険すぎます!」エリカが止めようとしたが、俺は首を振った。


「まずは話し合いだ。いきなり喧嘩腰じゃ、極道の名が廃る」


「でも...」


「心配すんな。本当にヤバくなったら、お前らが助けに来てくれるだろ?」


エリカは不安そうだったが、最終的に頷いた。


アジトは王都の地下にあった。石造りの広間に、三十人ほどの荒くれ者たちがたむろしている。奥の椅子に座っているのが、恐らく団長のガルムだろう。


狼の毛皮を羽織った、鋭い目つきの男だった。


「ほぉ、噂の新参者か」ガルムが立ち上がる。「最近、奴隷商人を襲って回ってるって聞いたぜ?」


「桐島組三代目、桐島竜一だ。挨拶に来た」


俺は正座して頭を下げた。周りの連中がざわめく。


「面白ぇことしやがる」ガルムが笑った。「で?何の用だ?」


「この街で商売させてもらいたい。ショバ代はきちんと払う。ただし条件がある」


「ほぅ、聞こうか」


「女子供には手を出さない。一般市民を巻き込まない。約束は必ず守る。筋の通らねぇ商売はしない」


瞬間、アジト中が爆笑に包まれた。


「何だそりゃ!」「甘ちゃんか!」「仁義だってよ!」


ガルムも腹を抱えて笑っている。


「竜一とやら、ここは童話の世界じゃねぇぞ?仁義だの筋だのってのは、強者が弱者を騙すためのお題目だ。本当に大切なのは金と力、それだけだ」


「そうかい」俺は立ち上がった。「なら、俺たちとは相容れねぇな」


「待てよ」ガルムの目が細くなった。「お前の組織、確か十数人だったな?俺たちは百人を超える。勝ち目があると思ってんのか?」


「勝ち負けの問題じゃない」


俺は振り返る。


「筋を通すかどうかの問題だ」


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その夜遅く、俺たちのアジトが襲撃された。


「親分!黒狼団です!」


見張りをしていたジンが血まみれで駆け込んできた。外から松明の明かりと、男たちの怒声が聞こえる。


「やっぱりな」俺は立ち上がった。「あの野郎、話し合いのフリして、居場所を探ってやがった」


「卑怯な!」エリカが憤る。


「まぁ、予想はしてた。お前ら、準備はいいか?」


仲間たちが武器を手に取る。だが、どう見ても戦力差は歴然としていた。


「親分...正面からやり合っても」


「勝てねぇのは分かってる」俺は拳を握った。「だが、やらなきゃならねぇ時がある。それが極道ってもんだ」


扉が蹴破られ、黒狼団の連中がなだれ込んできた。先頭にいるのはガルム自身だった。


「よぉ、竜一!考え直す気はあるか?俺の下について、素直に従うなら命だけは助けてやる」


「断る」


「そうか。なら全員殺せ!女は後で売り飛ばす!」


戦いが始まった。


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*(極道流・猛虎落下!)*


俺は跳躍し、敵の頭上から拳を叩き込んだ。男が床に沈む。だが、すぐに次の敵が襲いかかってくる。


「うおおおお!」


ジンが剣を振るって応戦している。他の仲間たちも必死に戦っているが、数の差は如何ともし難い。


「エリカ!下がってろ!」


「で、でも!」


エリカは魔法学院の生徒だったが、戦闘経験はほとんどない。震える手で杖を握っているが、呪文を唱える余裕もない状態だった。


「チッ、やっぱり素人は使えねぇな」


黒狼団の一人がエリカに向かって剣を振り上げる。


*(間に合わない!)*


その瞬間—


「《氷結の槍》!」


エリカの杖から青白い光が放たれ、氷の槍が男の腕を貫いた。


「ぎゃああああ!」


男が悲鳴を上げて転倒する。エリカ自身も、自分の力に驚いているようだった。


「やるじゃねぇか」俺は笑った。「その調子だ!」


「は、はい!」


エリカの目に決意の光が宿る。


「《火炎弾》!《風刃》!」


次々と魔法が放たれ、黒狼団の連中を薙ぎ払う。それを見た仲間たちも勢いを取り戻した。


だが—


「面白れぇ余興だったぜ」


ガルムがゆっくりと前に出てきた。その手には漆黒のナイフが握られている。


「《闇魔法・影縛り》」


突然、俺の影が蠢き始めた。体が動かない。


「な、なんだ?」


「俺も魔法使いなんでな。闇の魔法は得意中の得意よ」


ガルムがナイフを構える。


「仁義とやらが、お前を救ってくれるかな?」


ナイフが振り下ろされる瞬間—


「《光の解放》!」


眩い光がアジト内を満たした。エリカの魔法だった。闇の魔法が解除され、俺は自由に動けるようになる。


「今です、親分!」


「ああ!」


俺は全力でガルムに向かって駆け出した。


*(極道流奥義・昇龍覇王拳!)*


今までで最大の気合いを込めた拳が、ガルムの腹部を捉えた。


「がはっ!」


ガルムが血を吐いて後方に吹き飛ぶ。壁に激突し、ずり落ちた。


「て、撤退だ!団長を連れて逃げろ!」


黒狼団の残党たちが慌てて撤退していく。


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戦いの後、俺たちは傷を手当てしながら今後のことを話し合っていた。


「親分、エリカちゃん凄かったっすね」ジンが感心している。


「ああ。初陣にしては上出来だ」


俺はエリカの頭を軽く叩いた。


「あの...私、やっぱり人を傷つけるのは...」


「気にすんな」俺は魔草に火をつける。「お前は仲間を守っただけだ。それに俺がついてる。間違った道には行かせねぇ」


エリカが小さく微笑んだ。


「でも親分」ジンが心配そうに言う。「黒狼団との全面戦争は避けられませんね」


「上等だ」俺は煙を吐き出した。「向こうが筋を通さねぇなら、こっちが教えてやるまでよ」


「教える?」


「そうだ。拳と魔法で、な」


俺はエリカを見た。彼女は決意を込めて頷き返す。


「この街に、本当の仁義ってもんを見せてやろうぜ」


夜明けが近づく中、俺たちの戦いは始まったばかりだった。


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