第38話

笹原水源の復活は、町の人々の心を一つにした。水の湧き出す井戸の周りには、地元の農家が集まり、皆が感謝と喜びに満ちていた。そして、その命の水が注ぎ込まれる新しい畑では、正樹が朝から晩まで土と向き合っていた。


裕子は、ウェブサイトとオンラインストアの最終調整に追われながらも、畑から離れられずにいた。彼女の仕事はパソコンの前だけではない。泥まみれの長靴を履き、畑の隅々まで正樹と共に歩くのが日課になっていた。


ある日の午後、新しい畑の一角にある、背丈の低いひまわりたちが、一斉に花を開き始めた。


「咲いた!裕子、咲いたぞ!」


正樹の興奮した声が畑に響き渡った。


裕子が駆け寄ると、そこには鮮やかな黄色の花が、いくつも太陽に向かって顔を上げていた。それは、二人がこの町に来てからの愛と夢の結晶だった。


正樹は、花に優しく触れながら言った。


「見てみろ、裕子。この花は、俺たちの愛が作ったんだ」


裕子は、その場で正樹に抱きついた。都会での激務と挫折、そしてこの町での不安や試練。すべてがこの一輪の花に報われた気がした。


美咲は、この最初の開花に合わせて、町中の広報に動き出した。裕子が制作したウェブサイトには、「命の水が育む、太陽の畑、いよいよ開花」というニュースがトップに躍った。


オンラインストアも同時オープンした。裕子がデザインしたロゴマークと、美咲が手配した地元の特産品を組み合わせた、ひまわりの切り花セット。販売開始から数時間で、都会からの注文が殺到した。


「裕子、これ、どうなってるんだ!?」


正樹は、鳴り止まない注文の通知音に目を丸くした。


「すごいよ、正樹さん!私たちが作った『物語』が、ちゃんと都会の人に届いたんだわ」


それは、裕子の都会での経験と、正樹の地元の愛、そして耕作や笹原さんといった地元の協力が、完璧に結実した瞬間だった。


その夜、畑仕事が終わった後、正樹は裕子を連れて、二人きりで海岸を散歩した。満月が海面を照らし、波の音が優しく囁いていた。


正樹は、ポケットから小さな木箱を取り出した。それは、彼の畑の土で作った、素朴な指輪だった。


「裕子、俺と…結婚してくれないか」


彼の声は、少し震えていた。


裕子は、涙で曇る目で、その指輪を見つめた。都会のダイヤモンドよりも、この土の指輪の方が、ずっと重く、そして永遠の愛を感じさせた。


「はい…!」


裕子は、正樹の胸に飛び込んだ。二人の愛は、夏のひまわりのように、この海辺の町で永遠に咲き続けるのだ。

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