第37話

クラウドファンディングの成功と、耕作からの承認を得て、裕子と正樹の周りの空気は一変した。数週間後、笹原水源の復活に向けた本格的な工事が始まった。


裕子は、パソコンの画面ではなく、現場の土と汗にまみれながら、工事の進捗を管理した。重機が地中を掘り進める音を聞きながら、彼女は都会での激務の日々とは全く違う、「創り出す」喜びを噛みしめていた。


そして、ついにその日が来た。工事関係者が井戸の底に新たな水脈を見つけた瞬間、澄んだ水が勢いよく湧き上がった。


笹原水源が復活したのだ。


その場に居合わせた笹原さんは、その場で泣き崩れた。彼は、水が湧き出す井戸を、まるで失われた家族に再会したかのように、震える手で触れていた。


「ありがとう…本当に、ありがとう…」


笹原さんは、裕子と正樹の手を固く握り、何度も感謝の言葉を繰り返した。


数日後、笹原さんは正樹と裕子、そして耕作を自宅に招いた。


「この畑は、あんたたちに託す。わしが心を閉ざしたのは、水を失ったからだ。あんたたちは、わしの大切なものを命懸けで取り戻してくれた」


笹原さんは、遊休地を「ひまわり畑プロジェクト」のために提供することを決めてくれた。その広大な土地は、正樹の畑と合わせ、町を一望できるほどの大規模なひまわり畑を作るのに十分な広さだった。


美咲は、この水源復活のストーリーを町のプロモーションに大々的に活用した。ウェブサイトのトップページは、井戸から水が湧き出す写真に変わり、キャッチコピーも「命の水が育む、太陽の畑」となった。


裕子と正樹のプロジェクトは、「金の儲け話」から、「町に命を取り戻す物語」へと昇華したのだ。


「ひまわり畑プロジェクト」は、美咲が中心となって観光協会との連携を強め、町の総力を挙げての取り組みとなった。正樹は新しい畑の整備に没頭し、耕作も時折アドバイスをするようになった。


裕子は、畑仕事と並行して、オンラインショップの立ち上げ準備を進めていた。


「裕子、見てくれ!」


ある日の夕方、正樹が興奮した声で裕子を呼んだ。畑の片隅に、背丈の低いひまわりが、最初の蕾を膨らませていた。


それは、裕子がこの町に来てから、初めて咲くひまわりだった。


正樹は、そっと裕子を抱きしめた。


「俺たちの夢が、いよいよ形になるな」


裕子は、正樹の胸に顔をうずめた。都会で挫折したOLだった自分が、今、この町で誰かの夢を支え、町に命を吹き込む手伝いをしている。この充実感は、何物にも代えがたいものだった。

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