第14話

東京に戻った裕子の日常は、以前とは全く違うものになっていた。


オフィスでパソコンに向かいながら、ふと、窓の外に目をやる。コンクリートの壁とビルの群れしか見えないはずなのに、彼女の目には、あの広大な畑が、そしてその真ん中に立つ正樹の姿が浮かんでくる。


昼休み、裕子はコンビニのサンドイッチではなく、近くのスーパーでミニトマトを買うようになった。小粒で酸味が強い、あの畑で食べたトマトとは全く違うけれど、口に入れるたびに、あの日の甘酸っぱさと、正樹の優しい笑顔が蘇ってきた。


「裕子、最近、なんか楽しそうだね」


向かいの席で、遥が声をかけてきた。


「そうかな?」


「うん。なんか、覇気が戻ったっていうか。恋の力ってすごいねぇ」


遥の言葉に、裕子は少し照れた。


二人のメッセージのやり取りは、続いていた。


『今日の花火、こっちからも見えたよ』

『そっか、よかった。』


そんな短いやり取りでも、裕子の心は満たされた。物理的な距離は離れていても、二人の心は繋がっている。そう思うと、どんなに忙しくても、頑張ることができた。


しかし、健太との関係は、少し複雑になっていた。


健太は、裕子が東京に戻ってきてから、より積極的にアプローチしてきた。仕事の相談に乗ってくれたり、休日に食事に誘ってくれたり。裕子も彼の優しさが嬉しかった。だが、健太の隣にいると、どこか心が落ち着かない。彼の完璧なリードに、裕子は自分がまるでどこかの誰かと比べてられているような、そんな息苦しさを感じていた。


ある日のこと、裕子は健太との食事を終え、帰り道に立ち止まった。


「裕子、来週の土曜日、時間ある?行きたいところがあるんだ」


「ごめん、その日はちょっと…」


「そっか。残念だな」


健太の表情は、どこか寂しそうだった。


アパートに帰り、裕子はすぐに正樹にメッセージを送った。


『正樹さん、今何してる?』


『もう寝るところ。そっちは?』


『今日、ちょっと嫌なことがあった』


『大丈夫か?』


『大丈夫。でも、やっぱり、正樹さんの声が聞きたい』


メッセージを送り、裕子はスマートフォンを握りしめた。すると、すぐに電話が鳴った。画面には「高橋正樹」と表示されている。


裕子は、胸が高鳴るのを感じながら、そっと電話に出た。

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