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誰も動けない。
目の前の存在が、自分たちの知るいかなる生き物の
その凍りついたような沈黙を破ったのは、水上の、かすれた
「…まさか…」
彼は、目の前の怪物が放つ圧倒的なプレッシャーに当てられながら、学者としての冷静さを失い、恐怖に染まる顔で、ぶつぶつと言葉を
「…
人の形を失い、どろりとした影となり、
彼の脳裏に、禁書に描かれていた、
それが目の前の光景と、恐ろしいほどに一致したのだ。
水上は、こみ上げてくる恐怖によって全身が
(…ヨモツシコメ…。あれは、真実だったのか。だとしたら…だとしたら、我々に、打つ手など…)
その時であった。
ダァン!
静寂を破り、
社の屋根の上で見張りに立っていた
何かが起きた。
それも
彼は、音もなく屋根の
そこで彼が見たのは、人ならざる黒い影であった。
それが何であるかは分からない。
だが、それが許されざる絶対の悪であることだけは瞬時に理解した。
そして本能のままに
弾丸は、ぬめりとした黒い身体に、何の手応えもなく吸い込まれて消えた。
まるで、何の
だが、その轟音と閃光は、その怪異の注意を、ほんの一瞬だけ
そしてその一瞬の空白は、恐怖で麻痺していた水上の思考を、強引に現実へと引き戻した。
(そうだ…!)
彼の脳裏に、ある一節が閃光のように蘇った。
(…ヨモツシコメは、
陽の光を宿す神器…それは、今まさに自分が手にしている『
龍脈の力を増幅する神器…それは、床に転がっている『
そして鎮めの巫女…『志乃さん』。
これしかない。
水上は腹をくくった。
猟銃が放った轟音と閃光。
今その瞬間、怪異の注意が、入口に現れた源兵衛へと向けられていた。
その
水上は、勢いよく飛び出し、社の床に転がっていた『鎮めの石』を、
「志乃さん!」
水上は絶叫した。
その声に、膝をついたまま動けずにいた志乃が、はっと顔を上げる。
「二つの神器を一つに!」
水上は、右手に持った『鎮めの石』と、左手で布に包んだままの『陽霊の玉』を、社の中心にいる志乃に向かって、力任せに投げ渡した。
二つの神器は、放物線を描き、志乃の胸元へと吸い込まれるように飛んでいく。
「させるか!」
ヨモツシコメは水上の意図を察し、その黒い腕を伸ばした。
しかし、それよりも早く巌の脇をすり抜けて、二つの神器は、志乃の胸元で一つになった。
その瞬間、世界から音が消えた。
志乃が、無意識のうちに二つの神器を胸に抱きしめた、その
社の内部から、もはや光という言葉では
それは、ご
世界が、ただ光だけで満たされた。
その光の中心にいる志乃の身体は、もはや人の形を
彼女は、光そのものと化していた。
彼女の内に流れる
「——あああああああああああああ!」
光の中で、ヨモツシコメの絶叫が響き渡った。
それはもはや声ではない。
闇が光に焼かれる、
黄泉の国より来たりし穢れの
その黒い影の身体は、光に触れた
水上と巌、そして入口にいた源兵衛は、そのあまりに強大な光の奔流に吹き飛ばされる。
目を開けることすらできない状況だが、じりじりと肌を焼くような感覚は不思議と不快ではない。
それは
やがて全てを
光は社の中心、二つの神器を抱きしめる志乃の身体へと、吸い込まれるように戻っていった。
そして、完全な静寂が山頂を支配した。
男たちが恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
社の中心には、志乃が穏やかな表情で、気を失って倒れていた。
その両の手には、『陽霊の玉』と『鎮めの石』が、まるで元から一つであったかのように、ぴったりと寄り添い、今はもう何の力も放たず、ただの美しい石として静かに握られている。
そして、ヨモツシコメがいた場所には、もはや何も残ってはいなかった。
どろりとした黒い液体も、アスファルトのような
ただ、その場所の床だけが、まるで雷に打たれたかのように、黒く焼け焦げていた。
神代の怪異は、完全に消滅したのだ。
「…あれを見ろ」
源兵衛が、社の外を
結界の外で同士討ちをしたり、うめき声を上げていた
彼らは、目の前で起きた人の理を超えた奇跡と、
その目からは、
やがて一人が、ふらりと、まるで
それに続くように、また一人、もう一人と、誰と
その足取りには、もはや何の脅威も感じられなかった。
こうして、海龍光太郎の手勢はその主を失い、戦う意味そのものを完全に
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