第11話 アイドル辞めたら恋愛も自由
◇◇ 8月28日 16時 海水浴場
「アイドル辞めたら分かんないけどね」
「モモ……」
「また、そういう冗談を言う」
ウェイター君が百花に言った。
「冗談?」
「ああ、前もそんなことを言ってたんだよ」
「そうなんですね……そういえば、自己紹介してませんでしたね。初めまして、シュガーライズのミキです」
「え!?」
ウェイター君は驚いていた。
「あれ? 気がついてませんでした?」
「ご、ごめん。俺、そういうのに詳しくなくて。福田真人です」
「福田さん、もしかして、モモのことも知りませんでした?」
「うん。シュガーライズ自体、全然知らなかったんだよ」
「そうなんですね。なるほどなあ」
私はニヤニヤして百花を見た。
「何よ」
「ううん、そういう子にモモ弱いんだ」
「うるさいわね。ミキ、もう東京に帰ったら?」
「ごめんごめん! ……でもさあ、モモ言ってたよね。この人の前なら踊れるって」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、私にも見せてよ。モモの本気ダンス」
「え?」
「確認したいのよ。ほんとに福田さんの前で踊れるか」
「……いいよ。じゃあ、流すね」
曲が流れ出した。百花はいつもように踊り出す。
やっぱり……モモはすごい。
曲が終わると、私は拍手していた。
「さっすが、モモ!」
「ありがと」
「でも、ほんとだねえ。福田さんの前ではちゃんと踊れるんだ」
「うん。なぜかね……」
それを聞いて、私には藁にもすがるような作戦を思いついた。
「ね、モモ、福田さん……お願いがあります」
「何?」
「なんだ?」
「新曲の振り入れだけでもお願いできないかな?」
「新曲?」
「うん。次の新曲。9月1日にMV撮るんだ」
とりあえず可能性を残したい。振り入れさえ出来ていれば当日までに来てもらうと撮影が出来るのだ。
「私は行けないよ」
「でも、今日のダンスを見て確信したよ。やっぱり、モモはシュガーライズに必要だって」
「だからって、踊れないし……」
「そこは何とか考えるから。振り入れだけしておいてよ。彼の前でなら踊れるんでしょ?」
「そうだけど……」
「だから、お願い!」
私は手を合わせて頼んだ。
「ミキ……」
「それだけ聞いてくれたら今日は帰るから」
もう帰る時間は迫っていた。
「でも、きっとMV撮影には行けないよ」
「行けなくてもいいから、振り入れだけはしておいてよ。可能性を残したいの」
「……別にいいんじゃないか? それぐらい」
福田さんが言ってくれた。
「……真人君が言うならしかたないか」
「ありがとう、モモ!」
私は百花に抱きついた。
「ちょ、ちょっとミキ……わかったから。じゃあ、明日からやっておく」
「うん! 振り入れの動画は送っておくから、よろしくね」
「わかった」
「それじゃ、私はそろそろ行かなきゃ」
「そう? じゃあ、私が駅まで送るよ」
「あ、いい、いい。後は二人で楽しんで」
私はそこまで鈍感じゃ無いのだ。
「ミキ、そういうのじゃないからね」
「分かってるって。でも、夏休みはもうすぐ終わるんだよ?」
「そうだけど……」
「だから、一緒に居られる時間は短いよ」
「う、うん……」
「あ、そうだ。モモのおばあちゃん家の住所、あとで送っておいてよ。私からプレゼントするから」
「はあ?」
「絶対だよ! じゃあね!」
私は駆け足で坂を登って駐車場に向かった。
◇◇ 8月28日 16時半 海水浴場
「元気なやつだな……」
「うん。グループ最年少だし」
「そうなのか?」
「そうだよ。瑞樹ちゃんと同い年だと思う」
「中学生だったのか……」
しっかりしてるな。
「……これから、どうする?」
「俺は……もう少しここに居たい」
「そっか……私も」
俺と百花は二人でベンチに座って海を眺めた。
「ミキさんは百花にアイドル辞めて欲しくないみたいだったな」
「うん……ありがたいけどね」
「辞めるのか?」
「踊れないから、他に選択肢は無いと思う。それに……」
そう言って百花は俺を見る。
「なんだよ」
「アイドル辞めたら恋愛も自由だしね」
「そうだけどさ……」
「今はそっちの方が魅力的かなあって」
「お前なあ。瑞樹のように待ってるファンもたくさんいるんだぞ」
「そうなんだよね。そういうファンには申し訳ないって思うけど……でも、今は好きな人とずっと一緒に居るのもいいかなって」
「好きな人?」
「うん……」
「そんなやつがいたのか? アイドルなのに」
「しょうがないでしょ、できたんだから。好きな人」
そう言って俺の方を見つめてきた。
「お前……からかうなよ」
「からかってないんだけどなあ。魅力的な選択肢だと思ってるよ」
「まったく……帰る」
「あー! 逃げないでよ」
俺は話を変えた。
「……ミキさんが振り入れ動画を送るって言ってたろ。明日、ここでやるか?」
「あんまりやりたくないなあ」
「やるって約束だろ。明日、9時な」
「えー、早い……」
「涼しい方がいいだろ。じゃあ8時半か?」
「わかったわよ、9時で」
「……じゃあな」
俺は駐車場の方に歩き始めた。
今は百花のそばにいるのはまずい。どうしても意識してしまう。
でも、俺は百花にどうして欲しいのだろうか。アイドルを続けてもらいたいのか、それとも……俺のそばに居て欲しいのか。
俺自身も分からなくなっていた。
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