第10話 もう無理かなって

◇◇ 8月28日 13時半 グラッツェ前


「モモ!」


「ミキ……」


「知り合いか?」


 ウェイターがモモに言う。


「う、うん……」


「……今日は客も少なめだし、店内で話すか?」


「そ、そうだね。ミキもそれでいい?」


「う、うん、わかった」


 私とモモはまた店内に戻った。そのウェイターが片隅のテーブルを案内してくれた。



「どうぞ」


「ありがとう」


「百花、ピザは早めに食べた方がいいぞ」


「そ、そうだね。じゃあ、いただくわ」


 モモはピザを食べ出した。


「モモ……」


「あ、ミキも食べる?」


「別にいい。それよりも、あのウェイター。知り合いなの?」


「うん。ここに来て知り合った」


「そうなんだ……なんか妙に仲良くなかった? 名前で呼んでたし」


「そうだね。仲は良いかな」


「そうなの?……男子の友達なんて今まで作らなかったじゃん。なのにどうして?」


「さあねえ。もうアイドル辞めるし、どうでもいいからじゃない?」


「モモ……辞めるの?」


「うん……辞めるしか無いかな」


「どうして? アレが原因?」


「まあ、そうだけど……私、うまく踊れなくなったみたい」


「え?」


「この間のライブ、ミキも気がついたでしょ。私がおかしかったの」


「う、うん」


「あれでも相当良い方だったんだよ。今はファンを意識すると体が動かなくなって……」


「モモ……」


「だから、もう無理かなって」


「そんな……」


 そこにあのウェイターが来た。


「お店のサービスだ」


「あ、ありがと」


 アイスが二皿来た。


「百花、そんなにひどいのか?」


 そのウェイターがモモに聞く。


「うん……」


「俺の前ではあんなに踊れてたじゃないか」


「あれは……真人君だからだよ」


「そうか……」


 そのウェイターは去って行った。


 私はモモに言った。


「モモ、あの人の前では踊れるの?」


「うん。真人君はファンというわけじゃないしね。だからだと思う」


「そうなんだ……」


「まあ、そういうことだからさ。あとはミキたちで頑張ってよ」


 そう言いながらモモはアイスを食べた。


「モモ……」


「そういえば、いまさらだけど、熊本へようこそ! ミキ」


「ようこそって、私も久留米生まれだし、熊本には来たこと何度もあるって」


「でも、芦北は初めてじゃない?」


「まあそうだね」


「あとでさ……私のおすすめの場所、行ってみない?」


「いいけど……」


「よし、じゃあ、食べたら行こう!」


「うん……」


 結局、モモを何とか東京に連れ戻すことは出来そうに無かった。


◇◇ 8月28日 15時 海水浴場


 グラッツェを出た私とモモは、まず駅に行き、私が乗るレンタサイクルを借りた。

 そして、かなりの距離を自転車で進み、ようやく辿り着いたのが、この寂れた海水浴場だ。


「ここにいつも来てるんだ」


「へぇー……でも、何にも無いね」


「あるよ。自販機だってあるし、水道もあるし、猫も居るよ」


「それだけじゃん。第一、海水浴場なんでしょ? なんで誰も居ないの?」


「みんな、他に行っちゃったからねえ。でも、ほら、プライベートビーチみたいでしょ」


「そうだけどさ」


「だから、ここでいつも海を見てるんだ」


 そう言ってベンチに座り、誰も居ない海を見続けるモモ。


「そっか……ここで癒やされてるって訳ね」


「そういうこと。ミキも都会の疲れをここで癒やされていって」


「だけど、帰る時間も近づいてるんだけどね」


「えー! もっと居ようよ」


「……ほんとはモモを連れ戻しに来たんだけどなあ」


「今の私が帰っても意味ないでしょ」


「……そういうことかあ。あーあ、モモともっと踊りたかったなあ……」


「ごめんね、ミキ」


「謝らないでよ。こうなったのは仕方ないし。でも……辞めないでいてくれたら嬉しいけど」


「……ごめんね」


 モモの決意は固そうだ。結局、ここまで来て私は何も出来なかったな。

 そう思って目を閉じる。波音が心地良い。私は疲れもあって、つい、うとうととしてしまった。


◇◇◇


「百花」


「あ、真人君」


 その声で目が覚めた。そこに居たのはあのウェイター君だ。モモと何か話している。


「ほい、スポーツドリンク」


「ありがと。あ、ミキの分まで買ってきてくれたんだ」


「二台停まってたからな」


「気が利くね」


「せっかくここに来てくれたんだし少しはもてなさないと。はい、どうぞ」


 ウェイター君が私にもスポーツドリンクをくれた。


「あ、ありがとう」


「どうも……」


「えっと、なんで君がここに居るの? そもそも二人ってどういう関係?」


「それは……」


 ウェイター君は答えられないようだ。ますます怪しい。

 だが、百花が言った。


「最初の答えは簡単でしょ。真人君がここに居るのは当然よ。だって、ここは真人君から教えてもらったんだもの」


「そうなの?」


「うん。真人君のSNSを偶然見つけたんだ」


「へー、そういうことか。でも、今の二人はどういう関係よ。ただの友達には見えないけど。まさか、付き合ってる?」


「付き合ってない。それはホント」


 百花が立ち上がって、答える。


「ホントね?」


「うん。アイドルだから付き合えないってちゃんと言ってるから」


「そう。それならいいけど……」


「アイドル辞めたら分かんないけどね」


「モモ……」


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