第9話 真人君のために踊ったから
◇◇ 8月27日 19時 東京・シュガーライズ事務所
「さすがにまずいですよね……」
私、三木香織は事務所でマネージャーの梅原さんと向き合っていた。
「もう時間が無いわ。今すぐにでもモモには戻ってきてもらわないと」
「はい。でも、私からのメッセージにも返信が無くて……」
「最悪の事態も考えないと……」
モモの脱退。それは絶対に避けたかった。
「私、行きます!」
「え、行くって?」
「熊本です! モモと直接会って話してきます」
「でも、熊本のどこに居るか分かるの?」
「分かりません。だから、探します!」
「そんな無茶な……手がかりも無いのに……」
「手がかりなら、あります。薄いですけど」
私はスマホを見せた。それはSNSの投稿だ。私が検索して探し出したもの。
『今、グラッツェの前にシュガーライズのモモみたいな子が居た』
「グラッツェ?」
「調べたところ、熊本のイタリア料理店のようです。場所も分かってます」
「なるほど……じゃあ、そのあたりで探せば……」
「はい、可能性はあるかと」
「……わかったわ。じゃあ、ミキ、明日行ける?」
「はい、行けます。でも、仕事が……」
「全部欠席でも大丈夫だから」
「分かりました」
「必ずモモを探し出してね」
「はい!」
◇◇ 8月28日 9時30分 熊本・芦北海水浴場
朝、俺はいつものように海水浴場に来ていた。
駐車場には百花の電動アシスト自転車がある。坂を降りると、木陰のベンチにはいつものように百花が居た。
「おはよう、真人君」
「おはよう、百花」
「昨日はありがとね。結構、効いたよ」
「何が?」
「ファンのパワー。元気もらえたよ」
瑞樹も少しは力になれたようだ。
「だからちょっと踊ってみようかなって……真人君、見てくれる?」
「もちろん」
「ありがと。じゃあ、やるね」
曲をスマホでかけ、百花が踊り出した。
やはり百花のダンスはすごい。人を魅了する動き、というのはこういうものだ。俺はあっという間に百花のダンスに夢中になっていた。
「どうだった?」
「やっぱり、百花はすごいよ」
「そう……ありがと。でも、やっぱり、夏場のビーチでやるもんじゃないね」
百花は汗びっしょりになって、俺の横に座った。
「今のは何%?」
「8割は出せてる。でも、この暑さじゃこれ以上は無理かな」
「そうか。ちょっと待ってろよ」
俺は立ち上がり、坂を登る。目的は自動販売機。スポーツドリンクを買って戻った。
「ダンスを見せてもらったお礼だ」
百花に渡す。
「アハハ、安いお礼! 一応、トップアイドルのパフォーマンスなんだけど」
そう言いながらも百花は飲み物を受け取って飲み始めた。
「だって、俺はシュガーライズのファンでも何でも無いからな。百花のダンスを見ても、お礼はこれぐらいだ」
「そっか……まあ、そうだよね、むしろ、私がお礼を払いたいよ」
「は? なんでだよ」
「だって……今は真人君のために踊ったから」
「え?」
「真人君にかっこいいところを見せたいから、踊れたんだよ」
「どういうことだ?」
「私ね……踊れなくなったんだ」
「踊れない? でも、今、踊ってただろ」
「うん……真人君の前だけだよ、踊れるの。ファンの前だと怖くなっちゃって、うまく踊れないんだ」
「そうなのか……」
「うん。だから、もう辞めるしか無いかなって」
百花のトラウマはそこまでひどかったのか。
「百花……」
「アハハ、そんなに心配しないで。アイドルを辞めることに後悔は無いからさ。それに辞めたら恋愛もできるし」
「まあ、そうだけど」
「そのときにはさ……真人君が恋人になってくれる?」
「え? ……それは……」
「……冗談だよ! 何、本気にしてるの」
「そ、そうだよな……アハハ」
「アハハ」
俺たちは笑い合った。
「……今日もグラッツェに行くから。テイクアウトお願いね」
「わかった。今日は何にする?」
「真人君のおすすめ、聞いてなかったなあって」
「おすすめか。うちはナポリタンとピザが売りだからなあ」
「ピザか、いいねえ」
「でも、すぐ食べないと駄目だぞ」
「大丈夫。うち、グラッツェのすぐ近くだし」
「そうなのか。だから、歩いてきてたんだな」
「うん」
「じゃあ、マルゲリータでいいか?」
「いいね! 楽しみにしてるよ!」
◇◇ 8月28日 12時 グラッツェ
「ここだ……やっと着いた」
私、三木香織はつぶやいた。思ったよりも時間がかかってしまった。まず熊本空港から熊本駅まで、あんなに時間がかかるとは思わなかった。そこから新幹線は速かったけど、ローカル線に乗って最寄りの駅までも時間がかかり、さらにタクシーでここまで移動した時点でもうお昼になっていた。
「ここに、モモが居るのかしら
入ってみるしかないだろう。それに、お腹も空いている。私はおそるおそるドアを開いた。
「いらっしゃいませ! 一名様ですか?」
「は、はい」
「こちらにどうぞ」
出迎えたのは男子のウェイター。まだ若い、高校生だろうか。ちょっと精悍な感じでタイプかも。なんて、そんなことを考えてしまう。ダメダメ、こんなことを考えるからモモのようなアイドルになれないんだ。モモは男子との交流が全くないし、興味も示そうとしない。そんなストイックなモモに私は憧れていた。
「ご注文は?」
その男子が聞いてきた。店内でサングラスにマスクは変だけど、私はそのまま言う。
「あ、あの……マルゲリータで」
「マルゲリータですね。かしこまりました。以上でよろしいですか?」
「はい」
「ごゆっくり、どうぞ」
「あ、あの!」
私は店内を見回しながら聞いた。
「はい?」
「……ここに、若い女性客が来てませんか?」
「若い女性客?」
「はい、私みたいな」
「……いえ」
「そうですか……」
モモは今日、来ていないようだ。第一、あの投稿が本当にモモを見てのものだったのかもわからないけど。でも、ここぐらいしかヒントは無い。
私はピザを食べたあともデザートを注文し、さらにコーヒーを注文してゆっくり過ごしていた。いつモモが来るか分からない。私は入り口を見張っていた。
すると、あのウェイターがピザの入った箱を持ってドアを開け外に出た。
そのとき、ドアの隙間から不審な人物が見えた。サングラスにマスク。まるで私にそっくりな格好……まさか!
私は慌てて外に出た。そこにはウェイターとその女子が仲良く話している。友達だろうか。だとしたら、モモでは無いのでは。そう思いながら近づくと、だんだんその女子がよく見えてきた。どう見てもモモっぽい。
「あの……」
私が声を掛けるとウェイターが振り向いた。
「何かありました?」
その女子がよく見えた。間違いない
「モモ!」
「ミキ……」
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