夏の終わりの海で、君と出会った

uruu

第1話 しばらく休みます

◇◇ 8月23日 朝9時 東京


「やばい、ガチで遅刻だー!」


 三木香織みき かおりは地下鉄の改札を抜けて小走りに事務所に向かう。

 入って行くのは芸能事務所「CUTIES」。所属するアイドルグループ「シュガーライズ」の新曲振り入れ初日に寝坊してしまうなんて。


「遅れてすみません!」


 レッスン場のドアを開けて頭を下げると、マネージャーの梅原うめはらさんが振り返った。怒られるかと思いきや、意外にも落ち着いた声で問いかけてきた。


「ミキ、モモから連絡来てる?」


「モモから……ですか?」


 慌ててスマホを確認する。だが通知は何も無い。


「特に来てないですけど……」


「そう……」


「何かあったんですか?」


「これ見て」


 梅原マネが自分のスマホの画面を差し出す。そこにはモモからの短いメッセージが表示されていた。


モモ『しばらく休みます。すみません』


「……どういうことですか?」


「こっちが聞きたいわよ……この忙しいときに……」


 休むってどういうことだろう。モモはグループの中でも一番人気。今やアイドル界のトップに躍り出た「シュガーライズ」を支える屋台骨だ。その彼女が「しばらく休む」って……


「やっぱり、例の件ですかね……。最近落ち込んでる感じだったし」


 それに、この間のライブではミスが多くていつものモモらしくなかった。


「だからって、急に休まれても困るわ。今日はレッスンだからいいけど、明日には帰ってきてもらわないと」


 明日は歌番組の生出演が控えている。

 モモ、どこいったんだろう……


◇◇ 8月23日 朝10時 熊本・海水浴場


「今日も暑いな」


 木陰のベンチに寝転び、本を読んでいた俺、福田真人ふくだ まことはあまりの暑さにつぶやいた。


 ここは熊本県、芦北あしきたの南にある寂れた海水浴場。今ではほとんど人が来ず、海の家だった建物は崩れかけて、まるで幽霊屋敷だ。すぐ近くには大きなリゾート施設や人気の海水浴場があるため、ここはすっかり忘れ去られている。


 誰も来ないこの場所は、今では猫たちの楽園。そして、俺にとっての癒やしスポットだ。家とバイト先のちょうど中間にあるため、ここで海を眺めたり、本を読んだり、昼寝をしたりするのが日課になっていた。


 しかし今日の暑さは格別だった。もうお盆も過ぎたのに木陰でも耐えきれない暑さだ。

 スマホを見ると、そろそろバイトに行く時間だ。


「行くか……」


 そう呟いて、駐車場へ向かう坂を登る。そのとき、上から人が降りてくるのが見えた。


(こんな場所で誰かに会うなんて珍しいな。誰だ……?)


 Tシャツにショートパンツ、キャップにサングラスをかけた若い女性。俺と同じ高校生くらいだろうか。


 もちろん話しかけたりなんてしない。ただすれ違うだけだ。そう思ったのだが、女性の方から俺に話しかけてきた。


「もしかして、マコトさんですか?」


 サングラスを外した瞳が、まっすぐ俺を見ている。


「はい、そうですけど……」


 見覚えは無かった。人の顔を覚えるのは得意じゃないけど、これほどの美人なら忘れるはずがない。


「え? そうなんだ……マコトさんって、てっきり女性かと……」


 その言葉に少しムッとした。「マコト」という名前はよく女性と間違われる。


「男ですよ。それで、なんで俺のことを知ってるんですか?」


「だって、マコトさんのSNSを見て、ここに来てみたから……」


「え!?」


 SNSか。思いっきり、身に覚えがあった。俺はこの海水浴場の写真をときどき撮ってSNSに投稿していたからだ。だが、俺のSNSのフォロワーは知り合いしかいないはずだ。


「#芦北の癒やされる場所、って検索したら出てきたんで」


「あー……なるほど」


 確かに俺はそんなハッシュタグを付けてたっけ。場所の名前も書いてたし、調べれば場すぐにここが分かる。にしても、わざわざ来てくれたとは・・…


「こんなへんぴな場所に来てくれるなんて嬉しいですね。遠くからですか?」


「ううん、近くです」


「え? もしかして、この辺の学校?」


 まさか、同じ高校とか?


「おばあちゃん家に夏休みで来てるだけで……」


「なるほど」


 そりゃそうだ。俺と同じ高校ならこんな美人、知らないはずがない。


「えっと……マコトさんって高校生?」


「はい、高2です」


「なんだ、同い年か」


 急に口調が変わった。こちらも敬語じゃ無くていいだろう。


「君は高校は遠くなの?」


「そうだよ。東京に住んでるからね」


「東京!?」


「うん! 今は帰省中って感じ。でも前は熊本市に住んでたんだ」


「そうなんだ……」


「ここ、景色綺麗だよね」


「そうだよな」


 俺と彼女は2人で海の方を見つめた。波音が繰り返し聞こえてくる。


「……ここは誰も居ないから海を眺めるにはいい場所だよ」


「ほんと、そうだね」


「ゆっくりしていって。俺はそろそろ行くから」


「あ……もしかして邪魔しちゃった?」


 去って行こうとする俺を見て彼女が言う。


「そんなことないよ。もうバイトに行かないといけないんだ」


「そっか……」


「それじゃあ。ゆっくりしていってね」


 俺は坂を上りだした。


 それにしても、とんでもない美人だったな。

 まるでアイドルみたいだった。


◇◇ 8月23日 10時30分 海水浴場


 マコト君が居なくなり、私は一人で木陰のベンチに座り、海を眺めていた。

 海をただぼーっと見ているとなぜか心が癒やされる。確かにここは癒やしのスポットだった。マコト君のいうとおりだ。


 「#芦北の癒やされる場所」で検索してマコトという人の投稿を見つけた。その人の投稿は海や猫、本の写真が中心で、大人の女性、という感じがした。私はマコトさんの生活にあこがれを抱き、海水浴場に行ってみることにした。


 おばあちゃん家の電動アシスト自転車に乗って海水浴場までやってきた。駐車場に自転車を停め、坂を降りようとすると、木陰の下のベンチで本を読む男性が居た。あの人もマコトさんみたいに余裕がある生活をしているようで、うらやましい。


 そんな風に思って見ていると、その人は立ち上がってこちらに向かってきた。


 マコトさん以外にもここに来る人が居たんだ。

 そう思ったが、よく考えるとマコトって男子の名前もありえる。まさか……


「もしかして、マコトさんですか?」


「はい、そうですけど……」


 その人が投稿をしていたマコトだった。


 私と同じ高校二年生なのに、全然違う生活をしているマコト君。サングラスを外して顔を見せたが、当然のように私のことは知らないようだった。


 なんか不思議な感じの人だったな。

 ここにくれば、明日、また会えるかな……


 そう思いながら、私は静かに波音に耳を澄ませた。

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