第11話 入学試験 壱


 提灯の灯だけが照らす真っ暗な夜、草木も眠る丑三つ時。

 俺と母上は屋敷の門前で、祓魔師試験の迎えを待っていた。


 ……超眠い。八歳の身体にこの時間は厳しい。

 あと今日の俺の服装は、よく陰陽師が着ている白い着物だ。


 正式名称は狩衣かりぎぬと言うらしいが、『陰陽師のアレ』って言った方が通じそう。


「母上。どうして照明をつけずに提灯だけなのですか?」


 うちの門前には電気の照明もついているが、今日の晩は提灯だけだ。

 正直に言って暗い。


「祓魔師試験のお迎えに来るは、電気の光が苦手だからよ」


 電気の光が苦手な車とはいったい……。

 そう思っていると周囲が霧がかり、蹄の音が聞こえてくる。


 あ、もしかして車って馬車のこと?

 たしかに馬って電気系の光は苦手って聞いたことが。


「モー」


 立派な真っ黒の牛が御輿みこしぐるまを引いてやってきた。

 なるほど。冷静に考えたら日本は馬車というより牛車だな。


 だが牛の引く神輿みこしぐるまには誰も乗っていない。

 はて? 牛が勝手に神輿を引いてきたってこと?


 すると牛はペコリと首を下げてきた。


「九条蒼真、殿ですね。お迎えに上がりました。今宵はいい丑三つ時ですね」


 牛が喋った!? 

 ああ、いや待て。この牛も妖怪なのか。


「どうもこんばんわ」


 とりあえず返事してみると、牛は目を細めてたぶん笑った。


「時間がありませぬ。はよう神輿に乗りください。天文院への道がひらかれるのは、わずかな刻のみでございます」


 牛は首をグルリと回して、自分の引いてる神輿を見た。

 

「ほら蒼真ちゃん、神輿に乗りなさい。お母さんは家で応援してるからね。試験会場に行けば後は指示に従えばいいから」

「わかりました」


 俺は言われるがままに牛車に乗り込む。

 すると牛は大きくため息をつき、真っ白な霧を吐き出した。


「では黄泉よみの門を開きます。牛車から降りないでくださいね?」


 ――死者の世界に迷い込みますよ。

 牛はそんな恐ろしいことを言いだした。いや怖。


 周囲はさらに霧が濃くなっていき、屋敷の門も母上の姿も見えなくなる。

 そして牛はゆっくりと歩きだして、牛車も前へと進んでいく。


 そして数分経ったかと思うと、霧が晴れていき。

 

「着きました。ここが天文院。『現世』と『あの世』の狭間はざまでございます」


 すごく立派な寺院が目の前にあった。

 周囲を見ると寺院の庭のようだ。他にも牛車が並んでいて、中学生くらいの子たちが降りていく。


「お降りください」


 言われるがままに牛車を降りると、よく見れば地面は真っ黒だ。

 そして空は血のように赤くて不気味である。

 

 重厚な鐘の音が鳴り響き始めた。なんか雰囲気がヤバイ。

 間違えて地獄にでも来てしまったのではなかろうか。


 えっと、ところで今からどうすれば……?

 母上は指示に従えばいいと言ってたけど、特になにもないのだが。


「ねえ君。大丈夫?」


 後ろから声をかけられた。

 振り向くと可愛らしい女の子が、俺と同じく陰陽師スタイルで立っている。


 桃色の髪を肩くらいまで伸ばしていて、少し幼い感じだが元気そうな雰囲気の子だ。

 ……まあ俺よりも背が高いけどな! 明らかに年上だ。


 というかこの庭に俺と同い年っぽい人はいないが。


「大丈夫です。ありがとうございます」

「うわ小さいのに礼儀正しい! 明らかに私より年下だし、君が九条家のの……」

「噂の?」

「ああいやなんでもないよ。ところで困ってるならお姉ちゃんがついていってあげよう。私は六紋ろくもん綾香あやかだよ」


 綾香と名乗った少女は人のよさそうな笑みを浮かべる。


 なんか案内してくれるらしい。正直困ってたので助かった。

 というか母上、もう少し説明して欲しいのですが。


 現地で指示に従えばいいと言ってたのに、なにもないじゃないか。

 でも他の受験生らしき人たちは、明らかに目的意識を持って散らばり始めてるし。


「ありがとうございます。これからどうすればいいのですか? 母上には現地の指示に従えと言われていたのですが、特に試験官などもいないですし……」


 すると少女は不思議そうに首をかしげた。


「え? に従って動けばいいだけだよ。今も響いて、各受験生に指示を出してるでしょ?」

「えっ?」


 耳を澄ませば聞こえるのは重厚なる鐘の音。

 ……いや声なんて聞こえないが? 


「……声は聞こえません。鐘の音だけです」

「ええっ? そんなはずはないよ。今も鐘が嘆いているよ。九条蒼真は北の玄武門に行けって」


 改めて鐘の呪声とやらを聞いてみる。

 いやゴーンゴーンって音しか耳に入らないな? 


「やはり聞こえませんね……えっと、私は北の玄武門に行けばいいのですか?」

「それで合ってるよ。私と同じだから一緒に行こうか。でもおかしいなー、呪声が聞こえないなんて摩訶不思議だね。よし行こっか」


 六紋さんが手を差し出してきた。

 握れということだろう。俺が彼女の手を握ると、


「あれ……? あ、いやなんでもないよ。じゃあ行こう」


 六紋さんは少しだけ不思議そうな声を出したが、誤魔化すように俺を引っ張っていく。

 しばらく北の方向(たぶん)に歩いていると、 大きい門が見えて来た。


 いや大きいなんてもんじゃない。まるで十メートルの巨人が通ることを想定されたような、超巨大で立派な門だ。


 ……こんなのどうやって開くんだろうか?

 門の前にはすでに受験生たちが大勢集まっている。


 五十人くらいはいるだろうか? 

 彼らは俺のことに気づくと、コソコソと小声で話し始める。


「なあ。あれって九条家の恥さらしじゃないか?」

「ただでさえ無能なんだろ? なんであの年齢で祓魔師試験を受けてるんだよ……」

「簡単だよ。どうせ落ちるなら普通の年齢で受けるより、低い年齢で駄目だったほうが言い訳できるし」

「妖怪を目の前にしたら漏らすんじゃねえの?」

「九条家の当主も可哀そうにな。歴代最強と言われてる当主の子が、よりにもよって歴代最悪の無能なんて」


 なんか勝手なことを言われてるな。

 いちおうこれでも餓鬼なら祓ったことあるぞ……いや最弱妖怪である餓鬼程度では自慢できないか。


「お前ら! 言いたいことを小声で話すんじゃねえ! 大声で叫べ! 叫べないことなら言うんじゃねえ!」


 そんな彼らを取りまとめてるオッサンがいた。

 無精ひげのオッサンはアゴヒゲを触りながら、俺のことをジロリと見てくる。


「よし全員揃ったな。じゃあ試験を行うぞ。俺は普段は天文院の講師をやってる顎鬚あごひげってもんだ。今日は代表試験官だな。おっと当たり前だが本名じゃないぞ? がはは!」


 そりゃそうだろ。名前が顎鬚あごひげの人とかいたらビビるわ。

 なんでわざわざ偽名を使う必要があるのだろうか。


「お前らの大半は試験に落ちる! 誰かが逆恨みで俺の名で呪ってきたら面倒だからな。まあ試験ならず地獄までも落ちたいなら、呪ってこいや」


 アゴヒゲ試験官は不敵に笑った。

 確かに祓魔師とか陰陽術だと逆恨みで呪うとかありそう。偏見だろうか?


 そんなアゴヒゲ試験官はバシンと自分の手を拳で叩いた。


「試験は単純明快だ。魔を祓ってもらう! 勉学試験などはいっさいないぞ! 祓魔師にお勉強とかいらねえんだよ! 魔が祓えればよお!」


 おおよそ講師の言葉じゃないだろ。

 そりゃ祓魔師なんだから、魔を祓うのが仕事ではあるのだが。


「じゃあさっそく試験の説明だ! と言っても簡単だがな!」


 アゴヒゲ試験官は机に並んでいる札の一枚を手に取ると。


「おらぁ! 【解】!」


 札をビタンとメンコみたいに地面に叩きつけた。

 すると札から六芒星の陣が現れて、その陣からが現れる。


「この札たちには餓鬼が封じられている! お前らには餓鬼とひとりで戦ってもらう! 勝てなくていいが爪痕は残せ! 以上!」


 雑な説明過ぎないか?

 あと餓鬼相手なのに勝たなくてもいいの?


「が、餓鬼とひとりで戦えだって!? そんな無茶な!?」

「天文院入学試験の難易度じゃないだろ!?」

「餓鬼をひとりで倒せるなら、もう祓魔師としてやっていけるじゃないか!」


 あれ? 餓鬼って思ったより強いの?

 最弱の妖怪のはずだろ? 祓魔師目指すなら、楽勝じゃないと駄目とかのレベルじゃなくて?


「今回の試験はかなり厳しめだね……」


 俺の隣にいる六紋さんも緊張している感じだ。

 待って? なら今の俺ってこの試験を受ける中では、かなり上澄みの実力だったりするのか?


 少し困惑していると、召喚された餓鬼が凄く挙動不審な動きをし始めた。

 おそらく「え!? もしかして俺って今から祓われるんですか!?」みたいな顔してる。


 餓鬼も言葉が分かるがゆえに辛そうである。

 そんな中、試験が始まるのだった。

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