第10話 ヒール
天文院入学試験を受けることになった翌日。
太陽が照りついて暑い中、俺は屋敷の庭で風魔法の練習を行っていた。
両手から風の弾丸を放つ。
俺の髪がブワッと逆立ち、周囲の土が反動で飛び上がった。
そんな風魔法を繰り返し放っていると。
「痛っ……!?」
急に腕に痛みが走った。
腕をプラプラしてみると異常はないように思えるが、ジンジンと痛みがある。
「あー……魔法の衝撃で腕にダメージが入ってるのかな?」
ウインドバレットを放つと風圧が俺を襲う。
俺はまだ八歳だ。子供の細い腕だとそれがダメージになっているのかも。
魔法の練習の制約はMP切れだけと思ってたが、まさか身体側の負担も考えないと駄目とは。
いや待て。そもそもこの腕をどれくらい休ませればいいんだ?
それに今後は魔法も強くなっていく予定なので、余計に身体側の負担が増えるのでは?
身体も成長するとは思うけど、魔法の反動で練習できないって辛い。
そういや高校のころの知り合いが、成長痛で全然練習できないって嘆いてたな……。
思わぬ形で努力に制約が入るのは嫌だな。
身体を休ませるのも重要だけども、なるべく練習ができるにこしたことはない。
「……待てよ。そういやドラゴンマジックには回復魔法があったな」
回復魔法。ゲームではHPを回復させる力だ。
なら俺が腕を痛めたりしても治せるのでは?
それに祓魔師になるならば怪我をすることもあるだろう。
最悪、大怪我を負ってしまうなんてのもありえる。
その時に身体を治せる回復魔法があれば、凄まじく大きいのでは?
俺は祓魔師になりたいというより、人生を安泰にして幸せに生きたいのだ。
なら大怪我した時のリカバリーは必須ではなかろうか。
よし決めた。回復魔法を習得しよう。
「たしかゲームの回復魔法は聖魔法の類だったよな。ただ聖の力ってこの世に存在するのか?」
俺はいままで魔法を習得する時、その属性のモノを見て練習してきた。
炎ならロウソクの火、風なら周囲の風を感じて、電気なら電池とか静電気だ。
でも聖ってなんだよ。聖水とか言うけど具体的な要素がゼロじゃん。
「お経でも唱えながら魔法を撃ってみるか」
和洋折衷である。ほらお経ってなんか聖っぽいじゃん。
さっそくお経を唱えながら、かなり加減した魔法を放ってみる。
「南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経、ナンマイダー、寿限無寿限無ゴボウのすり切れなんとかなんとか……」
やべぇ。お経ほとんど覚えてない……。
というか寿限無ってお経なの? よく分からないのだが、肝心の成果のほうはいかに?
《滑舌習熟度が10上昇しました。愚行習熟度が5上昇しました》
ステータスさんが俺の努力をあざ笑ってくるのじゃが。
とりあえずお経に聖はないようだ。
じゃあ聖属性ってなんだよ!
あれか? ニンニクでも食べればいいのか?
なぜニンニクなのかって? 簡単な方程式だよワトソン君。
まず聖水を聖属性と仮定する。そして本物の聖水は吸血鬼に効果がある。
なら『聖属性=聖水=吸血鬼の弱点=ニンニク』というゴリ押し方程式が成り立つはず! というか成り立て。
ほら聖水が聖吸血鬼の弱点って聖水とニンニクと太陽じゃん!
なら聖水もニンニクも似たようなもんだろ! いや待て、そもそもこの式で言うならば……。
「太陽って聖属性っぽくね?」
上空にサンサンと輝く太陽さんを、手で光を防ぎながら確認する。
妖怪はニンニクは嫌わないが、太陽が苦手なのが多い。というか大半は夜に出るしな。
なら太陽=聖属性はあながち間違いではなさそうだ。
よし試してみるか。俺は目をつむって右腕を空に掲げた。
そして掲げた右手にMPを集める。
気分はこう、太陽をチャージしてソーラービームでも放つ感覚だ。
太陽を感じるんだ。そうすれば聖属性に目覚められるかもしれない。
そうして五分ほど続けていると。
《聖魔法習熟度が1上昇しました》
キターーーーーーーー!!!!
日輪の力を借りて聖魔法練習は間違っていなかった!
だが習熟度が低いのでこのやり方は効率が悪そうだ。
もっと太陽の光を感じられる方法を考えなければ。
服を脱いで裸になって、より太陽の光を感じるとか?
庭とは言えども母上が心配してきそうだな。いまさらな気はするけども。
じゃあ高い山に登る……は自分ひとりでは難しい。
母上に頼み込んでもいいが、毎日山登りは厳しいから最後の手段だな。
虫メガネで太陽の光を集めるか? でもあれってけっこう危険って聞いた記憶が。
あ、そうだ。真っ黒の服を着てみようかな。
ほら黒い服って太陽光を吸収して熱くなりやすいし。
そういうわけで屋敷に戻って、真っ黒の着物へと着替えた。
また同じように空に手を掲げて、MPを集めて五分ほど経つと。
《聖魔法習熟度が2上昇しました》
どうやら光を集めるという考えは合っているようだ。
ただ今回も習熟度の効率が低い。倍になったと言えば聞こえはいいが、元が1だからなあ。
聖魔法を伸ばす方法の考え方自体は正しいはずだ。
太陽光をより集めてその熱を感じられたら伸ばせるはず。
そんなことを考えながら、近くにあった岩に座り込む。
「……あっつ!?」
条件反射的に俺は立ちあがった。
この岩めちゃくちゃ熱い!? や、火傷するところだった。
……待てよ?
熱いってことは、この岩は太陽光を取り込んでるのでは?
俺は岩を手で触ると、やはり熱くて火傷しそうだ。
――だからこそ練習になりそうだ。
俺は手にMPを集めて、岩の熱を感じることにした。
《聖魔法習熟度が20上昇しました》
するとほんの少しの時間で習熟度が大きく上がったぞ!
よしこのまま続ければいけるっ! かなり熱いが我慢だっ!
そうして俺は歯を食いしばって熱に耐え、たまに池の水で手を冷やしながら頑張った。
そうして数時間後。
《聖魔法『ヒール』を習得しました》
よっしゃあああああ!!!!!
聖魔法を無事に習得したぞ! さっそく真っ赤になった手に試してみよう!
「ヒール!」
俺は右腕にMPを集めながら魔法を発動した。
すると真っ赤になっていた右腕は、きれいさっぱり白い肌へと戻る。
あと腕の痛みも完全に消えたので、しっかりと治癒してくれているようだ。
こりゃ便利だな。どれくらいの怪我まで治せるのかは不明だが。
本来なら試してみるべきなのかもしれない。
でもわざと怪我したくないと思うのは、流石に甘えじゃないよな……?
「ま、まあいずれ怪我した時に試せばいいか……」
なお後で分かったことなのだが、実は太陽の熱は癒しの力と関係がなかった。
太陽を浴びたことで生まれた火傷を、癒そうとしたのが訓練になっていたのだ。
努力の方向は間違ってなかったが、微妙に違っていたと。
ステータス君は素晴らしい定規のようなものだ。
努力を数値で正確に測れるが、そもそも測り方を間違えたらダメ。
脳死で頭を使わずに努力したら、効率が悪くなってしまうのは変わらないと。
そしてしばらくして天文院入学試験の日となった。
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