誰もいない電車で出会った子ども
夏の終わり、最終電車に乗った。
終点まで数駅のローカル線。夜風にあたるのが気持ちよくて、無性にどこかへ行きたくなったのだ。
車内には誰もいなかった。車掌すらいない、静かな時間。
でも――車両の一番奥のシートに、子どもがひとり、ぽつんと座っていた。
白いTシャツに短パン、ビーサン。首には虫取り網。
真夏の格好だ。しかも、手には溶けかけのスイカバー。
「こんばんは」
子どもは、こちらに気づくと礼儀正しく頭を下げた。
「こんな時間に一人で大丈夫か?」
思わず声をかけたが、不安な様子はまったくなかった。
「大丈夫。ぼく、ここに乗ってくるのが好きなんです」
それだけ言うと、窓の外をじっと見つめた。
セミの声もしない、しんと静まった夜。
少しだけ話した。
「線路の先って、どこまで続いてると思いますか?」
「えっと、たぶん、海の方かな」
「じゃあ、ぼくがいたところ、当たってるかもしれませんね」
不意に、子どもがこんなことを言った。
「お兄さん、小さい頃、畑の裏でかくれんぼしてたでしょ。
見つからなくて、泣いちゃったやつ」
はっとした。
それは、小学生のときの、誰にも話していない記憶だった。
俺が黙っていると、子どもは笑って言った。
「じゃあ、ぼく、そろそろ行きます」
電車はまだ動いていた。次の駅までは、あと5分はある。
「どこに行くんだ?」
そう聞いたときには、もう子どもの姿はなかった。
残っていたのは、シートに置かれたスイカバーの棒だけ。
翌日、実家に帰った。なぜか、そうしたくなったのだ。
押し入れから引っ張り出したアルバムの中に、あの子に似た顔があった。
昔、夏の終わりに亡くなった、2歳年下の弟。
たしかに、あのときのスイカバーは、弟が落としたやつだった。
電車は今も、夜の線路を走っている。
たまに、誰かに「思い出してほしい誰か」が乗ってくるのかもしれない。
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