8月32日のラジオ
あれは、ちょうどお盆が終わった頃のことだった。
夜、寝ようとしていたとき、部屋の片隅から「ジジジ……」という耳鳴りのような音が聞こえた。
蚊でも飛んでるのかと身構えたけど、音の正体は、古いラジオだった。
もう何年も使っていなかった、祖父の形見のラジオ。電源コードも抜いてあるのに、なぜかぼんやりと光っていた。
つまみを回すと、雑音の中から声が聞こえた。
「……本日、8月32日、夜の便りです」
耳を疑った。8月32日なんて、あるはずがない。
けれどその放送は淡々と続いていた。天気予報。町内の催し。ラジオネーム「マスカット大福さん」からの投稿。
内容はどれも、妙に懐かしくて、古びていて、だけど心地よかった。
途中、語り手が変わった。男性の、ゆっくりとした低い声。
その声を聞いた瞬間、背筋がすっと伸びた。
「今夜の夜更け、風鈴の音が静かに揺れています。皆さんは、どんな夏を過ごされましたか」
それは、もう何年も前に亡くなった、祖父の声によく似ていた。
涙が出るほど懐かしくて、怖いという感情はなかった。ただ、ずっと聴いていたかった。
でも、気づくとラジオは止まっていた。
翌朝、ラジオを調べてみたけど、コードはやっぱり抜けたままだった。
試しに電池を入れて、同じ周波数を探してみたけど、あの「8月32日」なんて言葉も、祖父の声も二度と聞けなかった。
それ以来、僕は「夏が終わる気配」を感じると、こっそりラジオに耳を近づけてみるようになった。
たぶん、また聴けることはないのだろう。
でも――たしかにあの日、8月の終わりの空気の中で、祖父ともう一度話したような気がするのだ。
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