第2話 俺の幸運なんだか不運なんだかわからない毎日
「その皿洗ったら上がっていいぞー」
「ありがとうございます!」
店の裏口から通りがかった店長のその言葉に、俺はほっと胸を撫で下ろす。
日の上がり具合から見て、おそらくはもう、午前中の遅い時間である。
俺は深いため息をつく。
俺は連日、夕方の早めの時間から出勤して、深夜はホールで接客。
そして午前中まで店の後片付けをさせられていた。
今は公共水道から引いた水を桶に入れて、店の外でたくさんの皿を洗っている。
日本の水道事情が恋しい。
ていうか、この国は人を働かせすぎだと思う。
「……」
俺はもう一度ため息をつく。
だが、店長に強くは出れないし、むしろ感謝しなければならない立場だったりする。
ーー俺は、数週間前、この国の端の森に、気づいたらいた。
トラックに轢かれたとか女神様に転生させられたとか、そんな異世界転生あるあるの予備動作などなく、夜布団で寝て、起きたら森の中にいた。
とんでもない状況である。
そして起きた時に側にあったなんかよくわからない三つの石碑みたいなのを呆然としばらく眺めたあと、へとへとになりながら半日かけて森の中の案内板を頼りに、この国へたどり着いたのだった。
ーーそして、視界に広がる、まるで中世ヨーロッパのような石の外壁と城を見て、気づいた。
ここ、現代日本じゃない、と。
……一番困ったのが検問所である。
異世界初心者が国にスムーズに入国できる訳がなく、とりあえず勝手もわからないまま入口に行ってみようと思い立つも、門番に税金払えだのスパイを疑われたりだのとほとほと困り果てていた所に現れたのが、外から酒に使う薬草を詰んで帰ってきたばかりの店長だった。
「おめぇ、もしかして記憶喪失なのか?」
怪しむようなその言葉に、俺は閃いたように首を狂ったように縦に振り、両親を恐ろしい魔物に惨殺され、命からがら逃げてきたはいいものの金銭も尽き、その時の恐怖から記憶が曖昧なままここに流れ着いたという厨二も真っ青な設定を即興で作り出し、どうか礼はいくらでもするから助けてくれと店長に向かって土下座をしたのだった。
ただ、土下座はこの世界では訳のわからんポーズであり、店長に絶対的服従をしたと勘違いされた俺は、少しでも変な動きをしたら騎士団に突き出すことと、店長の酒場で住み込みでほとんどタダで働くことを条件に、俺の分の入国の税金を払ってもらえ、なんとか最低限の衣食住にありつけたという訳だ。
「……よし、終わった」
大量の皿洗いを終えて、俺はエプロンで汗を拭う。
社畜国家の日本にいた時ですら、こんなに働いたことはなかった。
できればこのまま、酒場の2階、与えられた小さな俺の部屋(ほぼ物置き部屋)で寝てしまいたい所だが、風呂に入ることだけはできれば譲りたくない。
俺はエプロンを取った後、少ないお小遣いを握り締めて、近くの公衆浴場へと向かった。
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