第19話:研究熱意の扱い方
数時間だが、モーリスと過ごしてわかったことがある。
彼は研究に対する意欲はある。だが、その方向がどこに向いているのかがイマイチわからないのだ。
「アスター君、一ついいかな。この設計で指向性と収束性を上げて発射するにはどうしたらいいと思いますかな?」
「そうだなぁ。その話は少し長くなるから、多口加速管の二口での計測を終わらせて昼休みの時に話そうか」
「了解しました。お前らしっかり働けよ! じゃあ、昼休みを楽しみにしています」
モーリスの扱い方もわかってきた。
せっかちだが、彼には人望がある。モーリスを一度その気にさせれば皆がいきいきと動く。これはとてもすごいことだ。
今まで二人だけでやっていたため、大人数の力をひしひしと肌で感じる。
実験結果はいい値が出ている。問題は多口加速管や進行波型だと小型化が難しいということ。効率は理想に近いだけに本当に悩ましい。
本日何度目かの鈍い爆発音が響く。もうこの衝撃にも慣れてきた。
「計測結果の結果、効率は二十三倍。基準に近づいてきましたな」
「そうだね、ここからは加速管内部の構造をいじって内圧の変化も調べてみようか」
「内部構造……最悪作り直しですかな?」
「いや、まずは定在波型特有の内部の空洞を塞ぐことや、
結構丁寧に作った資料だから是非活用していただきたいと思う。僕も何度も見返しているし。
「アスター君のお昼はお弁当ですかな? 飲食店は少し距離があるのだが……」
昼休みとなり、地べたに座ってお弁当を頬張る者や、外に出て飲食店へ足を運ぶ者などそれぞれの形で一時の休憩時間を過ごしている。
「お弁当です。今日は家から直接ここに来たので、今は持っていないのですが、もうすぐ届くと思いますよ」
「ん? もうすぐ届く?」
時間的に昼前の講義が終わってから三十分ほど。ならもうすぐ到着すると思う。
噂をすればひょこっとこちらを覗く女性と目が合った。光を孕んだ白髪がキラリと輝いている。
「ソフィア。こっち」
「どなたですかな? そちらの綺麗なお嬢さんは」
「研究仲間のソフィアです」
「おぉ、確かに資料には二人の名前が書かれていましたな」
そこは見ていたのか。
「ソフィアといいます。どうぞよろしくお願い致します」
「ここの責任者のモーリスです。どうぞよろしく」
今日はソフィアがお弁当を作ってきてくれるというので、僕はそれに甘えさせてもらった。
男臭いこの空間で、ソフィアの周りだけオアシスのように華やかに彩られて見えた。現にソフィアは周囲の視線を集めており、本人も気恥ずかしそうにしている。
「奥の方行ってお昼食べようか」
「そうね」
視線から逃げるように場所を変え、ハンカチを敷き地べたに座る。
ドシっと置かれた大きなお弁当に目をまるくするモーリス。
「こっちがラムで、こっちが牛、それとこっちが鶏。私の故郷の料理を再現してみたのだけれど、美味しいからいっぱい食べて」
「そうなんだ! 美味しくいただくよ」
肉と野菜を薄いパンで包んだサンドイッチのようなもの。彼女がアカデミーでサンドイッチをいっぱい食べるのは、故郷の味が恋しかった故のことだろうか。
甘辛いソースが食欲を増進させる。夢中で食べる僕を見て嬉しそうにするソフィア。
「これはドネルベジトですな。私もサルビアでは毎日のように妻に作ってもらってましたな」
モーリスもサルビアにいたことがあるのか。あと、奥さんいたんだ。
懐かしそうにソフィアの弁当をみるモーリス。
「あげませんよ? これは愛妻弁当ですから」
独占欲からかそんな意地悪なことを言ってしまう。そんな言葉を聞いたソフィアとモーリスは、豆鉄砲をくらったように固まっていた。ソフィアに至っては顔がリンゴのように真っ赤になっている。
「え、あんたら夫婦だったんですかい?」
「じきにですけどね」
「はえー、羨ましいですな。こんな美人な奥さんもらって」
「そうでしょう。まぁ、とりあえずモーリスの本題を聞こうか」
指向性と収束性の向上だったっけ。この設計というのは定在波型一口加速管のことか。
「でもどうして定在波型一口加速管なんだ? あれはあまりにも衝撃が強すぎて実用面でも安全面でも使いづらいよ」
「まぁ、そうなのですが……指向性と収束性を上げれば衝撃を抑えられるかなと、思いましてな」
結論から言えばそれは正しい。衝撃は抑えられるだろう。しかし、設計を変えないとなると問題が別のところに発生する。
「そうだね。指向性と収束性を上げる方法は何個か思いつく。まずは加速管を伸ばす、加速管の口径を小さくする。これらは設計をいじっているし耐久面に問題が出るだろうからダメ。あとは、加速管内の魔力透過物質層を厚くして弱いエレルギーを相互作用で消す方法。これは少し計算が必要になるね。あとは……純度の高い魔石を使う方法かな」
「純度の高い魔石ですか」
「そうだね。一応教会側には純度高めの魔石を用意してもらったのだけど、それでも流通的には厳しいから、まぁしょうがない。それに実用的に考えて、純度の高い魔石をたくさん用意できるところも少ないだろうしね。用意できたら指向性、収束性、効率も上がるとは思うけど、そこまで贅沢は言えないよ」
サルビアが元通りになってくれればいいのだけど、それまでは実験すら厳しいだろう。
「……なるほど。さすがアスター君。助かりましたぞ」
「いいえ、好奇心を満たせたならよかったですよ」
「では、おっさんは退散して、あとは二人でお過ごしくださいな」
モーリスがいなくなってから、改めてソフィアを見るとどこか上の空といったように固まっていた。
ソフィアの手を握り、声をかける。
「サルビアに何かあっても、ソフィアは僕が守るからね」
「……いや、その。それは嬉しいのだけど、夫婦って」
なるほど、そこで固まってたのか。意外とこういったことに動揺するのだな。
「僕は将来そうなりたいのだけど、ソフィアは違った?」
「私も、そうなりたいわよ。だから、ありがと」
お互い顔を紅潮させながら食べる昼食。
さて、式はいつにしようか。お互いの両親に説明しなきゃな。なんて考えてみる。
──こんな日がいつまでも続くようにと願っていた。はずなのに。
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